星屑オルゴール

 あるよ、いっぱい見た。そう言ったなら、八戒も悟浄も肩透かしを食らったような顔になった。悟空にしてみれば極普通のことを話したつもりでいたので、二人のその反応こそが、的外れのものに見えてならない。
「……なに?」
 わけがわからずに問いかければ、彼らは揃って微妙な笑い顔を浮かべるのだ。
「いや、まぁ……こりゃ意外だったわ」
「もうちょっと盛大なのを想像してましたよ」
 ますます意味不明だったりする。だから悟空も少しむきになって言い募ってしまった。それは、いつもだったら絶対自分からは言わない言葉だったのに。
「だって俺、五〇〇年、空と地面しか見えない場所にいたんだよ? そりゃ見るって」
 なんて。
 言った途端に後悔する。ドウ反応スレバイイ?、二人の苦笑いは、今度こそそう言っていた。
「――あー……と……」
 一気に気まずい空気が漂った。悟空に上手いフォローなど思いつけるはずもなく、結局八戒たちと一緒に苦笑いするしかなくなる。
 悟浄宅の広いテーブルを三人で囲んだ昼下がり。
 どんなに初めて会った気がしない相手だったとしても、三人が三人とも出会ってまだ間もない。うっかり口を滑らせてしまえば、お互いに驚くことだらけ。先週こんなふうに困っていたのは悟浄だったか。付き合っていた女ともめて大変なことになった云々、お昼のお茶のあてにするにはちょっとばかり泥沼すぎる話で、八戒が深い溜め息をついていた。
 五〇〇年。普通の相手は、悟空がそれだけ長く生きているというだけで驚いたような表情になる。悟空の過去話で全く様子を変えなかったのは、己が覚えている限りでは、三蔵ただ一人だ。
「そーゆーことは――」
 はーっと大きく息を吐き、悟浄が笑う。
「もーちょっと暗い顔して言おーね、子猿ちゃん」
 テーブルの向こうから伸びた手が、容赦なくぐりぐりとこちらの頭をこねた。その隣で八戒も小さく目を細めて微笑んでいる。
「本当に意外な人ですよねぇ。外見そのままだと侮ってると、ものすごいしっぺ返しがきますよ」
 三人であははと笑った。時々ぎこちなくもなるけれど、やっぱり彼らといるのは楽だ。
 気を取り直し、悟空は改めて言葉を続ける。
「それで? その日っていつ? やっぱりみんなで見ようよ」
「そうですね、多分その方が楽しいですよ」
「ヤローばっかだけどな。どうしてもっつーんだったら付き合ってやるよ」
 八戒の言う通り、きっと楽しくなるのだろう。そんなふうに思う。
 八戒がいて、悟浄がいて、それから三蔵がそこにいてくれるのなら、きっと昔みたいに見上げてもつらい気持ちにはならないに違いない。
「あれって、流れる時、音しないのなかなぁ……」
 悟空が不意に呟くと、それまで遠慮ぎみだった二人が派手に吹き出した。
「やっぱ……やっぱガキだ、こいつ」
「悟空らしいですねぇ」
 五〇〇年、岩牢ではどんなに望んでも物音ひとつしなかったのだ、などと、言っても二人を困らせるだけだっただろう。
 悟空も笑って、その日の予定を話し始めた。
 
 
 
 
 --2-- 
 
 流星群を見ませんか?
 八戒がそんな話を始めた時から、三蔵は何となく嫌な予感を感じていたのだ。
 仕事帰りだった。市場を歩いていたら買い物途中らしい八戒と出会い、しばらく一緒に歩いた。その中で聞かされたのが、三蔵を除く三人で既に話が出来上がっているという、星空観察への誘いだった。
 猪悟能捕縛の一件で八戒や悟浄と知り合ってから、二月弱。悟空は最初から彼らに好意的だったし、三蔵もまた、妙に人間くさい彼らを嫌いではなかった。八戒が悟浄と同居を始めてからは連絡を取り合うことも増え、お互いの棲家を行き来することも珍しくなくなりつつある。
 そんな時分に出た話が、よりにもよって星空観察。
 にこやかに話す八戒をよそに、三蔵は密かに溜め息をつかずにはいられない。
「どうしました?」
 目ざとい相手にはすかさず理由を問われたが、何とも説明できなかった。
「……かまうな。それで?」
「それでって……だから、良かったら三蔵も一緒にどうですか?」
「――…………」
「何か……まずかったですか? 悟空はわりと喜んでくれてたと思うんですけど」
「あいつが?」
「ええ」
 悟空は八戒や悟浄とどういう話をしたのやら。
「三蔵?」
「いや。いつの話だって?」
「二十一日です」
 日付を聞いた途端、今度は腹から溜め息がでた。そんなことだろうとは思っていたのだ。意図していなくとも、都合の悪いものは都合の悪い時期に当たるものである。
「残念だったな、お前らだけで見てろ。俺は仕事だ」
 三蔵は無造作に言い捨てた。
 八戒があからさまに困ったような表情をした。
「悟空が残念がりますよ?」
「知るか、俺のせいじゃねぇ」
「あなたのせいですよ。何とか帰って来れないんですか」
「急げば帰って来れないこともないだろうが……どちらにせよ朝方になる」
「朝、ですか……」
 八戒の目は明らかにもっと急げと言っていた。
 どういうわけか、八戒も悟浄も悟空に甘い。三蔵自身もその点ではほぼ同じ穴のむじなであったので、強く文句を言うこともできなかったのだが、いくら悟空が関わってこようと、寺院関係の仕事があるなら、やはり仕事を最優先しなければならない事情もあった。
 寺院で人外のものを保護するのは異例中の異例だ。三蔵が仕事を疎かにすれば、それはそのまま悟空への反感となって噴出することもありえる。
 最近になって西に住む妖怪たちが凶暴化しているという噂を聞いた。寺院内でも、悟空に対する確執が表面化してもおかしくない時期なのだ。
「朝に星なんか見えません」
 思い悩むこちらに全くおかまいなし、八戒がじわりと三蔵に詰め寄った。三蔵はこめかみを押さえてそっぽを向く。
「どんなに急いでも夜中か明け方だ。見たけりゃお前らだけで見てろ」
 とは言ったものの――
 はーっと、思わず深い溜め息が出た。
「……面倒なことしやがって」
 え、と、訝しげな顔をする相手には目もくれず、三蔵はこれまでに何度か見た覚えのある、悟空の無理して笑う姿を思い浮かべる。
 本当に、一体どんなつもりで悟空はこの話に乗ったのだろう。一時期は、星空なんて、目に入れるたびに親の仇を見るような目で睨みつけていたくせに。
 ほうっておいても良かったが、事の顛末が気になった。
「――明け方になるが行くかもしれん。俺の分の酒は残しておけ」
 不審顔の八戒にそれだけ言いつけ、帰路についた。
  
 あまり過保護にするつもりはない、と言いながら、三蔵は余計な手出しを止められずにいる。実を言うなら、己の中の不確かな感情にも、自覚は芽生えつつあるのだ。
 三蔵は、有り体に言えば、悟空を好きだった。
 まだ具体的にどうなりたいと思うほどの気持ちではなかったが、いつか膨れて抑えの利かなくなる気配はあった。
 面倒だというのが、現状での正直な感想だ。それでも寺院に帰って、顔を合わせるだけで心底嬉しがるような悟空の様子を見ると、これでいいのかもしれぬと考える。
 三蔵だけで世界の閉じているような子供。もしも三蔵が彼に見向きもしない人間だったなら、悟空はどうしていただろう。三蔵以外の誰かを拠り所にしただろうか。できなかったのではないかと思う。自惚れでも何でもなく、そういう気がしている。
 例えば、ありとあらゆる存在と敵対することになったとしても、迷わずついて来る――悟空の最優先はいつでも三蔵だった。三蔵は、己が彼の全ての判断基準であることを知っていた。
 だから、悟空を好きになれるのなら、三蔵はそれでいいのだろう。
 今は、彼ができるだけ笑っていられればいい、と、思う。
 そのためにも――件の星空観察は、ちょっとした障害であった。
 八戒や悟浄は知らないようであったが、流れ星は悟空が好きではないもののひとつだ。嫌い、という極端な感じではなく、どうやらそれを見ると一人で岩牢にいた頃を思い出してしまうらしい。
 そんな経緯がありながら、なぜ八戒や悟浄の提案に賛成したのか。
「……バカだからな」
 後先を考えながら行動しろというのだ。
 三蔵は、悟空が聞けば失敬だと腹を立てそうなことをつらつら考え、帰り道を行く。寺院はもうすぐだった。
 薄い三日月が東の空に浮かんでいる。秋になったばかりの高い空は、淡く茜色に染まり始めていた。
  
 寺院の敷地に入るや否や、庭の隅でうずくまっていた悟空と目が合う。
 三蔵が出先から帰ってくる頃には、彼は大抵こうして外にいた。一度聞いたことがあるのだが、三蔵が近づいてくる気配がわかるらしい。わかるんだったら出迎えくらいするだろう?、あまりにも毎回そんなふうだったから部屋で待ってろと言ったなら、不思議そうに返してきた。
 万事が万事こういった調子で、彼に会って数年経った今では、特別待遇も日常になりつつある。
 そうして今日も、最大限に嬉しげな悟空に出迎えられる。
「早かったな、疲れた?」
「まぁな……」
「もうすぐメシだって」
「ああ」
 揃って屋内に向かいながら、三蔵は、ふと、悟空が見慣れぬ小箱を手にしているのに気が付いた。ちょうど両手の上に乗る大きさの、サイコロ状の木目の箱だ。
 こちらの視線を辿ったのか、悟空はその箱を掲げて小さく笑った。
「八戒にもらった。三蔵、できる?」
「できる?」
「開けられるんだって、この箱」
 手渡されて良く良く眺めてみれば、箱のあちこちに組木の後が見える。つまり、組み合わさった板を押したり引いたりすれば、分解することができるのだろう。
 軽く振ってみると中で鈴の転がる音がする。
「お前は? 一回くらい開けたのか?」
「まだ。八戒が目の前で開いてくれたんだけど、悟浄が全部元に戻しちゃうんだもんなー……。中にすごくキレイな鈴が入ってるんだ。もう一回見たくってずっと頑張ってんのに、ちっとも開かない」
「ふぅん……」
 試しにいくつかの板を押してみたが、全て手触りは同じ感触だった。
「開けれる?」
 八戒や悟浄が触ったとわかっていて、開けられないと認めるのは癪である。
「時間があればな」
 少しの意地もあってそんなふうに返すと、思わぬほど安心した顔で良かったと言われてしまった。
「じゃあ俺が頑張って開けられなくっても、三蔵に開けてもらえば、もう一回見れるよな」
 今更開けられないとは言えないではないか。三蔵は己の手にあるそれをしばし睨み、ひとまず平静を装って悟空に返すのだ。
「……お前が開けられなかったらな」
 悟空がいない時にでもいじってみるかと、姑息なことを考えつつ、部屋へははいった。
 
 例の星空観察の話になったのは、とうに夜も更け、ベッドに半身を入れたあとのことである。
 悟空はまだ組木細工の箱を手にしていて、三蔵は、何とはなしに背もたれに背中を預けた姿勢で、彼の手元を目で追っていた。
「……なんでかなぁ、八戒はものすごく簡単に開けたんだけど……」
「簡単なんだろ、実際」
 外し方さえ知ってりゃな、そっけなく付け足すと、恨めしげな顔でこちらを見る。
「俺でも開けられると思ってる、三蔵?」
「努力次第では」
「……何か今バカにしなかったか?」
「してねぇよ、そのうち何とかなるだろ」
 うん。言葉に小さくうなずきながらも、少し機嫌を伺う素振りで三蔵を仰ぎ、悟空はようやくそれを口にした。
「二十一日の話……もう聞いた?」
 表情を見れば、絶対に来てほしそうだというのはすぐにわかった。八戒の話では悟空は大層乗り気でいたらしいが、三蔵の見る限り、あまり楽しみにしている雰囲気ではない。大体、楽しみにしていたのなら、悟空のことだ、三蔵が帰るや否やその話を振っていたはずである。
 それが結局この時間――話題にするのを逃げていた証拠ではないか。
 全く面倒なことをする。三蔵は溜め息をついて、手元のスイッチで部屋の明かりを消した。
「あっ! まだ俺頑張ってるのに!」
「寝ろ。もういい時間だ」
「オーボーだぞ」
「黙れ」
 言うと、渋々ながらに小箱を棚に置く。そのまま毛布を被るのを脇で眺めつつ、三蔵は言葉を選んで口を開くのだ。
「どうして星なんか見る気になった?」
 悟空が動きを止めたのがわかった。
「仕事がある。二十一日、お前たちには付き合ってやれねぇよ。お前も断るんなら今のうちにしておけ」
 彼はしばらく黙りこくっていた。三蔵の方も、半身を起こした姿勢のまま、ぼんやり答えを待っているだけだった。
 ずいぶん経った頃、ふと苦笑する気配があってそちらを覗くと、暗がりの中で、確かに困ったような表情をした悟空と目が合った。
「……三蔵、何で知ってるの?」
「何を」
「俺、星のことなんか話したことあったっけ?」
「さぁな」
 適当にはぐらかすつもりでいたが、毛布の中で目を伏せる様子を見ると、そうもできないことに気が付いた。悟空は、あまり言いたくないことを言う時の顔をしていた。
「流れ星……いっぱい見てた、昔っから。何回も見たし、願いごともいっぱいしたけど全然叶わなかった。あんまりいっぱい見たから、今でも見るとその頃のこと思い出す」
「ふぅん」
「変?」
「……別に」
 三蔵が言うと、また笑う気配がある。
「音でもするんなら、前と違うってすぐにわかるのに」
「音?」
「前見た時とちょっとでも違えば、もう外にいるんだって気がするじゃん。でもやっぱり音しないし。二十一日に見れるっていう流星群も、いっぱい流れるらしいのに音しないんだって。星ってどこにもぶつかんねーのかな」
 悟空の話を聞いていると、時々自分が見ている世界とは全く別の世界を見ているのではないかと思う時がある。この時もそうだった。決して馬鹿にしていたわけではなく、三蔵は、己では考えつきもしない発想を言葉にする彼を声もなく見つめていた。
「空って見てるとそれしか目に入んないじゃん。一瞬自分がどこにいるかわからなくなる……時々怖い」
 彼は毛布の中で身体を縮ませる。
「二十一日は……八戒と悟浄がいるし。三蔵が、いたら……絶対そーゆー変な思い出とかも消えそうかなって……次に星見る時に、昔のことより、三蔵たちと一緒に見たこと思い出せるようになると思ったから、それで……」
 見てみる気になったのだ、と、悟空は言った。三蔵は上手い切り返しが見つけられず、結局どうにも形式的な疑問しか口に出せない自身を情けなく思った。
「……二十一日、行くのか」
 悟空が笑ってうなずく。
「約束したし。八戒と悟浄と見るのも楽しいだろうし」
 その答えを聞いて、三蔵も当日は早目に仕事を切り上げて帰ることに決めた。多分、どんなに急いでも明け方にしか帰ることはできないだろうが、いいかと諦める。
「……もう寝よう。三蔵、明日も早いんだろ」
 間を取り繕うように悟空が言った。言われて初めて三蔵も寝ることを思い出した。とにかく毛布に身体を沈めていると、隣のベッドで小さく溜め息をつくのが聞こえるのだ。
 見れば、慌てて表情を明るくする彼。
「最近、寒くなったよね……?」
 強がりが見え見えだったので、三蔵まで溜め息が出た。 甘やかしても仕方ないとは思いつつ、ほうっておけないのもいつものことなのである。
「……来るか?」
 きょとんと束の間動きを止めた彼へ、こちらの毛布の端を少しめくって誘ってやると、途端に飛び起き、派手にダイビングしてきた。毛布の上からぐいぐいと額を胸に擦り付けて、嬉しさを身体中で表現する様は、まだまだ子供のそれであった。
 何となくほっとするような、残念なような、むずがゆい心境でその身体を毛布の内に引き込んでやる。
「こっちもまだ冷たいね」
「当たり前だ。今入ったばかりだろ」
「うん」
 ――でも百倍シアワセな気分。
 悟空がまた聞き覚えのない言葉を口にするのを、黙って聞いていた。
 幸福、などと、確実に三蔵には推し量れないもののひとつである。けれども多分、己が今触れているこの身体こそが、それを発している源ではないかと思うのだ。
 抱きしめると当たり前に温かい身体。
 幸福に温度があるとするなら、おそらくこれと同じ温かさに違いない。
 
 
 
 
 --3--
 
「そりゃまたおやさしーこって」
 あのクソボーズ、エコヒーキ激しんだよ。悟浄が心底嫌そうに言うのを、八戒は朝食の後片付けをしながら聞いていた。
「それで朝方来るって言ったんだろ? お前らの話だと、あいつに敵意持たれてんのは俺だけだって気がしてくる」
 悟浄が「お前ら」と言ったのは、八戒と悟空のことであろう。元々悟空が三蔵のことを悪く言うはずはないし、八戒は八戒で三蔵に恩がある。また、それとは別のところで、八戒が見る限り、三蔵という人物は意外に情に厚い印象があった。
 しかし、悟浄に言わせるとこの見解が反転する。
 曰く、血も涙もねークソボーズ。
 どうやら最初の出会い方に問題があったらしいと推察している。彼らの初対面と言えば、八戒は扉を挟んだ向こう側でそのやり取りをじっと聞いていたわけだが、確かに馬が合っている風には聞こえなかった。
「――まぁこの際それは置いておいて」
「何で置くんだよ、追求させろ」
「いーじゃないですか。結構楽しそうに罵り合ってますよ、あなたたち」
「お前の耳、変」
 拗ねたように言うのがおかしかった。結局、口で何と言っていようと、悟浄も三蔵のことを嫌いではないのだ。悟空を間に置くようになってからは、初めの頃よりも三蔵の悪口を言う回数が減った。それは、一重に三蔵を悪く言われるたびに悟空が噛み付いたせいであったが、悟空の口から聞く三蔵の人物像が、彼にとって好ましかったせいでもあったのだろう。
 悟空の口から出る三蔵の話は、本当に微笑ましいものが多い。喧嘩したと言っている時ですら悪口が悪口に聞こえないのだから、大したものである。
 同じことが三蔵にも言える。口でどれだけサルだバカだとこき下ろしていても、三蔵が口にする悟空の名には、ちっとも険がこもっていないのだ。
 二十一日に企画していた星空観察にしても同じで、三蔵の反応の仕方は、明らかに悟空を気遣った雰囲気だった。
「……流星群見ようって誘ったの、まずかったですかねぇ」
「知んね。いいんじゃねーの?、三蔵来るっつったんだから」
「そんなこと言って……当日悟空が元気なかったら、結局気を遣ってあげるの、あなたじゃないですか」
「どーせ三蔵サマにはかないませんヨ」
 笑ってうそぶく。悟浄の言は全くその通りで、いろいろ気を揉んだ挙句、八戒も溜め息をつくしかなくなった。
「本当に……時々うらやましくなりますよねぇ」
 誰がよ?、答えを知っていて尋ねる問いには答えない。
「お酒の買い置き、まだ残ってましたっけ? 僕、今日は市場に買い物に出ようと思うんですけど」
「俺も行く。煙草がもうねーや」
「悟空、どんな料理がスキですかねぇ?」
「あいつは何でも食うさ。それより酒だろ、酒」
 八戒は、準備を急かす悟浄に笑いながら、最後の食器を洗い終えた。
 
 
 
 
 --4--
 
 明日から二日間、仕事で某寺に缶詰になる。
 その夜、悟空が眠り込むのを見計らって、三蔵は組木細工の箱に手を伸ばした。
 四六時中いじっているにも関わらず、この箱は未だ悟空の手で開かれることのないままだった。三蔵が触ったのは最初の日の一度きり。外から見ているとそれほど難しげには見えないのだが、いざ実際に自分の手に持つと、本当に開く造りになっているのか不安になる手触りだった。
 とりあえず、しばらくは、どんな構造になっているのか外から眺めてみることにした。
 部屋の明かりは消してしまっていたが、今夜は月がひどく明るく、電灯がなくともうっすらと物の影ができるほどであった。
 三蔵が、今夜になってこの箱をいじる気になったのには、わけがある。
 今日、この寺院を訪れた客人に珍しい菓子をもらった。それは東国の島国で作られたものだそうで、成分を聞くと砂糖の固まりであると言う。三蔵もひとつだけ口に入れてみたが、確かに砂糖の味しかしなかった。見掛けは、硝子のかけらみたいに透明で、ただ飾りにするだけでも充分に悟空の興味を引きそうではあったが、何よりその形が特徴的だった。
 小さな星型をしていたのだ。
 見ていたら、ふと、流れる時に音がしない、と言った悟空の言葉を思い出した。
 しかしこの「星」なら、転がるたびにからからと音がする。食べられるというのがまた悟空向きだった。
 普通に手渡してやっても良かったのだが、この木箱を見た時に、中に入れてやったらどうかと考えついた。それは大層良い考えに思えた。三蔵のいない二日間の暇を潰すにも、持ってこいだという気もした。
 そんなわけで、悟空が寝るのを待って箱を手にしたわけだが――
「…………」
 さすがに細工というだけあって、外から見ていてもどこがどう組み合わさっているのか判断できない。それでも良く調べてみると、一箇所だけ他より小さな面積しか表に出ていない組木があるのがわかる。三蔵は、ひとまずそれに当たりをつけ、押したり、隣の木を引いたりしていると、突然一本の棒が落ちて組木自体がゆるまった。
 ひとつ抜けてしまえばあとは簡単だ。間もなく箱の隙間も見つかって、以前に悟空が話していた通りの、意匠をこらした銀製の鈴も取り出すことができた。
 三蔵は鈴を棚の上に置き、代わりに今日手に入れた菓子を隙間の中にこぼし入れる。入らなかった分は別に取っておくことにした。悟空が箱を開けることができたなら、残りの菓子を手渡してやれば良い。
 木箱を元通りの姿に直す。
 少し迷ったが、箱の脇に一粒だけ、件の砂糖菓子を転がしておいた。
 明日の朝は、悟空が起きぬうちに寺院を出ることになる。
 三蔵のいなくなった部屋で、小さな「星」を初めて目にした時の彼がどんな顔をするのか。想像すると何となく笑いたいような気持ちになった。
 
 
 
 
 --5--
 
 悟空が目を覚ました時には、既に三蔵の気配はどこにもなかった。隣のベッドは当然空っぽ、それだけで軽い鬱を感じてベッドに突っ伏す。
「……起こしてくれたらいーのに」
 呟いてはみたが、三蔵がそういった気の回し方を面倒くさいと思っていることは知っていた。今日だって、どちらかと言えば、きっと起こさないよう気を配って静かに出ていったに違いないのだ。
 そういう気遣いこそいらないのにと悟空は思う。
 仕方なく寝返りを打ってみる。三蔵のいない日は起きる気にもならない。けれど、毛布を身体に巻きつけながら部屋を見回していたら、棚の上に置いていたあの木箱の隣に、たった一度だけ見たことのある銀色の鈴を見つけ、飛び起きずにはいられなくなった。
「……三蔵……開けたんだ、この箱」
 どきどきしながら鈴に手を伸ばしかけ――しかし、そのすぐ脇に小さな粒が転がっているのを発見すると、また手が止まるのだ。
 表面にたくさんの丸っこい棘を付けた、ちょうど――そう、星のような物体。
 戸惑ったが、結局その見慣れぬものの方を指で突付いてみる。
 ちょっと触っただけで棚の上をからりと転がった。思ったよりも軽い感触だった。何だかやっぱりどきどきして、今度はそうっと摘み上げてみた。見かけは硝子っぽい気がしたのだが、別に冷たくはなかったし、石や宝石の類でもなさそうだ。
 力を入れると砕けそうな雰囲気ではある。
「……星?」
 まさかと思うが、他にどう呼べば良いのか悟空の持つ知識だけではわからない。
 困った。
 でも、多分。これはどう考えてもやっぱり――
「三蔵が置いてったんだよな……?」
 だってわざわざ鈴まで出してあったし。
 と、そこまで考えて我に返る。そうなのである、鈴が外に出ているということは、今再びサイコロ状になっている木箱の中には、一体何が入っているのだろう。
 今度は、恐る恐る箱を手に取った。重さ的には以前と同じような雰囲気に思えた。ただ、振ってみると、何かが詰められているらしいことはすぐにわかる。
 それは不思議な音だった。
 しゃらしゃらと。きっと中にあるものは一つや二つではないのだ、いくつかのものが、内側で何かと擦れ合いながら、木に突き当たって乾いた音を立てていた。
 小さいもの、だろう。
 自然と例の星型の物体へ視線が落ちる。
 まさかとは思うのだ。けれど、やっぱり。
「星が……はいってるのかな」
 わからない。わからないけれど、とにかく三蔵が入れていったものなのだ。
 悟空は、心機一転、ベッドの上で正座する。
 かの木箱を手に、今まであまり注意して見ることのなかった継ぎ目をしげしげと窺った。
 数日間、闇雲に触れてみていたけれど、一度も箱が開く瞬間を予感できたことはなかった。しかし今日は頑張れば開くことができるのではないかと強く感じている。
 だって三蔵が入れていったものが何なのか知りたいではないか。そのためには開けるしかない。
 開け方を知らずとも何とかできるものだということは、三蔵が一度開けたことで証明されている。悟空は彼よりもずっと長くこの箱を触っていた。つまり、やろうと思ってできないはずがないのだ。
 それに――この箱の中身は、悟空のために入れられたものなのだろうから。
「絶対開ける」
 気合を入れて木箱を睨む。
 三蔵のいない朝は、そんなふうに始まった。悟空は本当に三食の時間以外、木箱をいじるのに夢中でいた。
 時々そうっと振ってみては、しゃらしゃらと中で摩擦する音を確かめる。
 ベッド脇の棚の上には、相変わらず、正体不明の小さな星が、ぽつんと鎮座して悟空を見守っていた。
 
 
 
 
 --6--
 
 悟浄がいつものように窓からその部屋を覗いた時、悟空は、以前に八戒が手渡していた組木の箱と睨みあっている最中だった。
 約束の二十一日だ。もう夕暮れも近いので、そろそろこちらへ来ないかと誘いに来たわけだが、悟空は一向に視線に気づかない。指を少しずつ動かす素振りは真剣で、さていつ声をかけたものかと、悟浄はしばし途方に暮れる。
 すると――
「あ」
 小さな声が上がったと思ったら、彼の手の中から一本の棒が落ちる一瞬だった。
 途端にひどく嬉しそうな顔で笑って、悟空はあとの組木を外しもせずに、じいっと木箱の隙間を覗いている。あれには、悟浄の記憶が正しければ、確か銀製の飾り鈴が入っていたはずだ。しかしそれを覗く悟空の今の表情は、どう見積もってもあの鈴を眺めているものではなかった。
 まるで――三蔵を見る時のような顔をしている。
 興味がわいて、わざと物音を立ててみた。もちろんそこまですれば、悟空も当然こちらに気づく。
「悟浄? 何してんの?」
「何してんのって……お前約束忘れてんのか?」
「え? もうそんな時間?」
 悟空は壁時計の時刻を確かめると、本当に驚いた様子で立ち上がった。しかし、ふと手中の箱を見下ろし、たった今やっと最初の一本目の組木を取り除いたらしいそれを、元通りの姿に戻してしまうのだ。
「……いいのか、それ」
 思わず問いかけてしまった。
 悟空は、再び嬉しそうに目元を和ませた。
「いいんだ。何が入ってるのかわかったし」
「鈴じゃねぇの?」
「うん。三蔵が違うの入れたんだ」
「ふぅん?」
 普段だったら聞かないことまで話して聞かせるくせに、今日に限って詳しいことを話そうとしない。
 何が入っているのか知りたかったが、彼の嬉しそうな顔を見ていると、何となく秘密にさせておいてやりたいような気になって、悟浄もそれ以上は追求しなかった。
 悟空は箱を大切そうに抱えたまま、特に身支度することもなく表へ出てきた。
「……それ持ってくのか」
「うん」
「お前はベントー持参の方がいいんじゃねぇ?」
「いーんだ。今はなんか胸いっぱい」
 ずいぶん珍しいことを言う。
「そんなにいいもん入ってたのかよ」
「うん」
 やっぱり中身は秘密らしい。悟浄は苦笑しながら、悟空を伴って自宅への道を歩き始める。
「ま、明け方までは遠いけど、お前にはそれがありゃ充分そうだな」
「明け方?」
「聞いてねぇの? 三蔵、八戒に来るって言ったらしいぜ。急いでも夜中か明け方だろーが酒残しとけってさ」
 そーなんだ……、悟空はゆっくり呟き、小さく沈黙したあと、どうにも堪え切れなかったように笑みをこぼした。
 ――ああ、こりゃダメだわ。
 その顔を見た瞬間の悟浄の感想である。放っておこうと思っていたが、ちょっかいを掛けずにはいられない。今も幸せそうな顔をしている悟空の頬を、ぎゅっと摘んで笑ってやった。悟空は当たり前に痛がったが、かまうものか。
「放せってば、いてーじゃん!」
「うーるせーよ。人のシアワセってハラ立つんだよ」
「わけわかんねーこと言うな!」
 八戒が羨ましいと言った気持ちが良くわかる。心から喜んだり悲しんだりできる悟空が羨ましかったし、悟空にそういう感情を呼び起こさせる三蔵も羨ましかった。
「あー全くかわいーったらもー」
「カワイイって何だ、怒るぞ俺」
 怒っていいのよ〜、わざとおネェ言葉で話してやったらすかさず蹴りを入れられた。多少シャレで済まないくらいには痛かったが、今回は仕返ししないでいてやることにした。
 
 たらたら歩いていたので、家につく頃にはすっかり陽も暮れ始めている。それでもまだ視界は明るく、一見して異変が即座に知れるくらいには、光も残っていた。
 近くから家の平らな屋根を見上げた悟空が、目をまん丸にして悟浄を振り返った。
「なんで屋根の上に食べ物置いてんの?」
 そのものすばりな疑問に、つい吹き出してしまう。悟浄が答えるよりも笑っていると、声を聞きつけたのか、家の中から八戒も顔を出す。
「おかえりなさい。それに、いらっしゃい、悟空」
「八戒。屋根の上に食べ物あるよ?」
 ちっとも状況を読めないらしい悟空の言葉に、八戒までもが苦笑していた。
「それはわざと置いてあるんですよ。悟空も着いたことですし、まだちょっと早いですけど、上りましょうか」
 彼の言葉にうなずきながら、悟浄はまだ戸惑ったように立ち止まっている悟空の背中を押した。
「オラ、そっちだ、歩け」
「そっちって……」
 とにかくどやしつけながら、裏手の壁に立てかけた梯子を上らせる。上る途中までぶつくさ文句を言っていたくせに、いざ屋根に上ってしまったあとはというと、悟空はしっかり声を失って、準備された料理の数々に目を輝かせていた。
「悟空が好きなものがいっぱいあればいいんですけど」
「聞いてねぇって。大体、こいつに食えねーもんなんかあんのかよ」
「好き嫌いないのはいいことです」
「こいつの場合は、あった方が人のためだと思うけど」
「僕は悟空が食べてるとこ見るの気持ちいいですよ?」
「あ、そ。エコヒーキはどっかのボーズだけじゃなかったっつー話らしー」
 彼は言ってるそばから悟空のためにジュースを注いでいる。と、ようやくその頃になって、八戒も、悟空がいつだか持って帰った組木細工を手にしていることに気がついたようだった。
「悟空、それ、開けれました?」
 八戒にしてみれば、本当に何気ないつもりの問いだったのだろう。しかし問われた悟空の反応は顕著だった。
「うん……さっきやっと」
 先ほど悟浄があてられた笑い顔だ。悟浄にわかるくらいである、もちろん八戒にも、悟空の笑顔が誰のためか見当がついたに違いない。
 他に何ともしがたく、こちらを向いた同居人の苦笑気味な目に、小さく肩を竦めることで応える。
「さぁって! 飲むぞー」
 まだ星も出ぬうちから酒を引き寄せた。
 メインイベントの流星群は、およそ日付が変わるくらいの時刻がピークらしい。空模様はすこぶる良好で、この分だと、今夜は本当に美しい星空をおがむことができそうだ。
 悟空にしても、今のところは、八戒が心配していたような沈んだ様子は窺えなかった。
 きっと今夜は良い夜になる。根拠もなく思いつつ、悟浄は最初の一杯を気持ち良く飲み干した。
 
 
 
 
 --7--
 
 一番目の流星が頭上を横切った時、三蔵は思わず立ち止まって空を仰いでいた。
 何とか当初の予定通り、急いで仕事を終わらせることには成功したのだが、やはりイベント前に間に合わせることはできなかったらしい。今いる場所から悟浄の家までは、どう少なく見積もっても小一時間歩かねばならない。彼らに合流することができたとしても、既にこの流星群は落ち着いている頃になる。
 今頃は、悟空も空を見上げているのだろう。彼が、八戒と悟浄が傍にいることを忘れていなければいいと思う。
 三蔵は再び歩き始めた。ちょうど星が流れていく先が進行方向になっていて、特に見ようと思わなくとも、流星の多くが視野に飛び込んでくる。
 何だか変な気分だった。
 まるで願い事を言えと強制されているようだ。うぜぇな、あんまり派手に流れていくのが腹立たしく、じろとそちらを睨んでも流れるものは流れていく。それでも途中までは無視して歩き続けていたのだが、思考は自然と空回っていった。
 しかし、らしくもなくつらつら願い事を考え始めた時、三蔵は、はたと己が満ち足りていることに気がつくのだ。
 以前はもっと全てが足りない気がしていた。足りないままでもいいと思っていた時期もあった。三蔵にとっての毎日はただ進んでいくためのものであって、決して足りぬものを探すためのものではなかったからだ。
 ところが今はどうだろう。いつの間にかあらゆる隙間が埋められている。もはや心の内にあるものは、冷えた情熱だけではない。
 三蔵が自分から埋めようとしなかったものを、横から攫って埋めていったのは誰か。
 考えるまでもなかった。
「……ダセぇ」
 ここまで来ると笑えてしまう。
 全て埋められてから気づく自分も自分である。ここまでしておいても、どうせあのサルに自覚はないのだ。今ですら、効果はないと知っていて、あの流れ星に三蔵の傍にいられるようにと願いをかけているかもしれない。
 本当に馬鹿な子供だった。そして、馬鹿だからほうってはおけないと思う。
 未だ視界をうろつく流れ星に決別し、三蔵は早足で夜道を行く。
 
 突然の襲撃は、まさしく悟浄宅の屋根が見えるや否やのことだった。脇の小道からもの凄い勢いで腰に追突され、怒るのも諦めて溜め息をつく。
「……まだ酒は残ってるか」
 まるで何かの玩具さながらに腰にまとわりついた悟空が、こくこくうなずいて答えた。
 一見して気落ちした様子は見えなかった。悟空にとっても、今夜の星空は、今まで見ていた星空と違った様相に映ったようである。ひとしきり脇に頭を擦りつけたあと、三蔵を仰ぎ見た瞳は喜びできらめいていた。
「早かったな、もっと遅くなるんだと思ってた」
「まぁな」
「アリガト」
 お前のためじゃねぇよ、うそぶいてはみるが、悟空の嬉しげな表情は相変わらずだ。
「すっげーの、今晩。屋根の上でメシ食ったんだ」
「屋根?」
「うん。三蔵も早く行こう、八戒と悟浄が待ってる」
 促されて屋根の上を見てみると、平らでしかないはずの場所に、本当に人影らしきものが浮き上がっている。三蔵は呆れた。
「何考えてんだ、あいつら」
 悟空が笑う。
「楽しーよ? 星も、窓枠とか他の屋根とかに邪魔されないでキレイに見えるし」
 数日前の夜に弱音を吐いたのが嘘のような言い方だった。三蔵が視線で問えば、悟空は少しだけ声をひそめ、種明かしをする。
「屋根の上って全部空だろ……流れ星と、八戒と悟浄の顔が同じ高さでずっと見えてた」
 なるほど、彼らの奇行もたまには役に立つものである。
 頭を小さく撫でてやると、腰に回っていた手が外れた。悟空の手は、そのまま衣の裾へと移り、三蔵を先導して道を歩き始める。
「……なぁ、三蔵」
 悟空の声は歌うようだった。
「あの箱に入ってたのって、星?」
 何のことを尋ねているのかはすぐにわかった。出掛ける前夜、己が気まぐれで菓子を詰めていったあの木箱を、彼も開けることができたのだろう。
 三蔵が何も答えずにいると、悟空はこちらを振り返り、鮮やかに笑う。
「あの星、音がしてた」
「ああ」
「……スキだよ、三蔵」
 真剣に言うから、苦笑いしかできない。
「――あれ宝物にする、一生大事にとっとく」
「アホか、食えよ」
「え?」
「ありゃ菓子だぞ」
「ウソ、食えるの?」
「ああ」
 そう言えば甘いニオイしてたかも。改めて言うのがおかしかった。彼の言いようだと、初めて見た瞬間は、きっと何もわからずにおっかなびっくり摘んでみたに違いない。
「そーかー……食えるのか。本当に星だったら、どうやって取ってきたのか訊こうと思ったのに」
「空にあるようなもんが取れるわけねぇだろ」
「だって星だと思うだろ、あんな話した後だったのに」
 確かに三蔵もそれを狙って入れていったのだが、おとなしく認めてやるほど素直にはなれないのだ。
「こんぺいとうって言うそうだ」
「あの星?」
「ああ」
 たわいもない会話を繰り返していると、不意に空から何かが頭を目掛けて飛んできた。
 ぴしっと音をたてて三蔵の額に当たったそれを、悟空が地面から拾い上げる。
 飴だ。どこにでもあるような、小さな包み紙にくるまれたそれ。
 己にこんなことを仕掛けてくる輩はそう多くはない。三蔵は早速不機嫌顔を作りながら、その家の屋根を振り仰ぐ。
 馬鹿がひとり、派手に手を振っていた。
「会いたかったわぁ、三蔵サマぁ」
 あからさまにシナを作った声音に鳥肌が立つ。
 悟空が楽しげに笑った。
 朝はまだ遠い。
 今夜は星空に近い場所で、はた迷惑なほどの馬鹿騒ぎをする。