掌編

 後ろからでも見ていればわかる。アムロは意固地に話そうとしない男の背を不機嫌ににらみつける。まだ怒っているのだろう。コーヒーメーカーの前にあるカップはひとつ、つまりアムロの分など淹れる気はないのだ。なんと心の狭い男だろう! あなたいくつだ、子供じゃあるまいしあからさまに拗ねるなよ。今この瞬間、アムロの胸にはシャアへの文句が溢れている。だが相手がそうであるように、アムロも彼と簡単に口をきいてやるつもりはないのだ。それでわざと音を立てて傍のソファーに突っ伏してやった。シャアは相変わらず無反応を装った。バーカバーカバーカ。アムロは男の背をにらみ、声にせず罵る。バーカバーカバーカ。
 と、ぴくり、彼の腕が引きつるではないか。呪いは伝わったらしい。ニュータイプであることはこんな時も優位なのである。
 あなたなんかそうやって一生拗ねてりゃいいよ、アムロはなおも胸の内でぼやく。どうせ俺よりあなたを怒らせる相手なんてそういないんだろうし、俺を見ないでいればあなたの日常は平和なんだろう。ことごとく悩みの種で悪かったな、そんなに嫌ならさっさと放り出しゃいいんだ──
 考えているうちにだんだん洒落にならなくなってきた。シャアはまだ振り返らない。
「…………」
 アムロはぐっと唇を噛んだ。何だか無性に悔しい。
 自分は彼に望まれて一緒にいるのだと思っていた。確かにシャアは何もかもを失った男だった。大儀も野望も、その名さえも。引き換えに残ったのはアムロだけ。彼が残ったものに固執したのは反射的なことだったかもしれない、それでも彼が選んでアムロを引き止めたのだと感じたのに。
「…………」
 本当は、ただ仕方がないから一緒にいるだけなのかもしれない……、心の奥底でひっそりと呟いた瞬間だった。
「そうじゃない、アムロ!」
 思わずといった具合にシャアが振り返る。あんまり突然だったのでアムロの方こそ驚いた。驚いたアムロを見てシャアも我に返ったらしい。ついでに喧嘩中だったことも思い出した。すぐにはお互いに何も言えず、二人して気まずく目をそらし合う。
「あー……コーヒーを飲むかい?」
 しばらくしてシャアが言った。アムロはえらく恥ずかしい気分であったけれども、どうにか声にして「うん」と答えた。
 まだどちらも相手に謝ることはしていなかったが、喧嘩はなかったことになりそうだ。そもそも発端は他愛もないことだった。
 本当に他愛もない──彼と話せなくなることに比べれば──そう、どんなに深刻な問題も全て。