決して女性的な美しさを感じるわけではないのだが――
 一護は器用に動く浦原の手から目が離せなかった。彼のそれは、骨のすじが目立つ上に節まで尖った固い手だ。指は長いが爪は短すぎるくらいで肌は至って標準色、パーツごとに見れば「綺麗」という観念からは程遠い。ところがその指が動く様は思わずはっとさせられるような――いちいち型通りに決まる、とでも言えばいいのか、動きに無駄がなく目に気持ち良い感じがした。
 元々浦原は煙管を使う、扇子を使う、杖を持つ。一護にしてみれば時代錯誤この上ないものに当然の顔で囲まれている男だった。常はちゃらんぽらんな様子で通しているが、ひとたび背筋を正して座せば、彼を取り巻く空気そのものが色を変え静謐に満ちることを、一護は既に知っていた。
 一体どれほどの歳月を生きてきたのかと浦原本人に尋ねてみたことはない。しかし、少なくとも現代より礼節や風習、作法が重視された時代を知る人物であるのだとは予想がついた。彼のふとした折に見せる体捌きは、修行云々の賜物と言うよりはむしろ形式美に近かったからだ。
 そして今も、浦原はひどく古風で職人的な作業を繰り返している。
 彼が手繰っているのは紅色の紐であった。それを桐箱に掛け、一箱ずつに飾り結びを施していく作業である。
 まず蓋が外れないように一巻、簡単に結び目を作るまでなら一護にもできる。男の指が器用に動くのはそれからだ。少しずつたわませた紐をあっちで潜らせたりこっちで引っ張ったり。ものの一分とかからぬ速度で、梅の花らしき五つの輪を広げた結び目が出来上がる。
 祝い袋などについている水引ともまた違っていた。たった一本の紐がどうやって花の形におさまるのか。繰り返し工程を眺めていても一護には手順が覚えられない。
「……やってみますか?」
 浦原が言うのも早かった。しかし一護は首を横に振った。「結ぶ」ことで中のものを「封印」しているのだと、先に説明を聞いたからである。
「俺がやってもぐちゃぐちゃになるだけだ」
「誰にでもできますよ?」
「いい。別にやりたいわけじゃない」
「のわりには見てません? 珍しい?」
「珍しいし、不思議だ」
「ただ紐を結ぶだけっスけどねェ」
 その動作を呼吸するように行う男が不思議なのだ。それは彼の生きてきた場所では一般的な知識なのだろうか。少なくとも現世では、蝶結びすら綺麗に作ることのできない男もいる。
「こういうの好き?」
 彼はまた見当外れなことを問う。一護は「別に」とだけ答えた。
 浦原は根本をわかっていない。だから紐自体に興味はないのだ、興味があるのは、紐でも結び方でもなく――
「……なぁ、その箱。誰が持っても大丈夫か?」
「現世で蓋開けるのはあまりオススメしませんねェ」
「開かないからいい――俺でも買えるか?」
 彼の手が止まった。一護が視線を上げると、深く被った帽子の下で大きく瞬きしている相手の目と出会う。
「……何だよ? そんなに高いもんか?」
「高いというか……まぁ値段はそこそこ。だけど箱を開かないことには何の役にも立たないもんスよ?」
「ああ、わかってる。で? いくらだよ?」
 一護がなおも尋ねると、浦原はとうとう作業途中の箱を除けた。邪魔をしたかと疑ったがそうでもないらしい。浦原は笑っている。いつものエセ笑いではなく、口端を緩く持ち上げた穏やかな表情だった。
 彼はその表情のまま手招きした。
 普段は身構える一護も、この時ばかりは素直に従った。彼の指が新しい組紐を握ったからである。
 「あ」、と、知らず一護の口から声がこぼれた。
 見る間に、桐箱に封をするためではない結び目が出来る。これまでとは全く違った手順だった。長い指が丁寧に輪を作り、隙間を潜らせ、形を美しく整えていく。
「……結び、というのはね、黒崎サン、元々霊ヲ産ム(産霊)と書きました、昔から神聖なものだったんスよ」
 彼の手の中ではもう新しい花が咲いている。複雑な形だ。全部で七つの輪が花弁さながらに広がり、紐が縒り集まった中央部分は平織物のように交互に編み込まれている。
「――ハイ」
 浦原はそれを無造作に一護の手に乗せた。
「これで、開くつもりもない桐箱に、キミがお金払う必要はありません」
 咄嗟に何とも言い返せなかった。確かに一護が欲しいと思ったのは、桐箱ではなく質の良さげな組紐でもない――「この男の指が作った」ものだった。
「あ、りがと……」
「いーえ、どーいたしまして。大したもんじゃないですが、どっかのお守り程度にはご利益もあるでしょ」
「……ホントかよ?」
「さァ?」
 くつくつと笑う浦原。どうも嫌な笑い方だったので無視したのだけれど、男はこちらの耳に入るか入らないかくらいの、微妙に計算された声音で言うのである。
「キミが本当に欲しがったのは何だったんスかねェ……」
 コノ指ガ好キ?
 一護は、問いを載せる男の目に捕まらぬよう、慌ててそっぽを向くのだった。