「――ああ、そこだったら、この村の洞窟から行けるよ」
偶然酒場で隣合っただけの、名前も知らぬ男からの言葉だった。
その瞬間、確かに耳鳴りのようなものが聞こえた気がした。ルフィは今の今まで、無防備にもたれていた己の料理人の背中から身体を離す。彼は、長く彼自身を煩わせていただろう重みと体温が離れたのにも気付かず、見知らぬ相手の話に夢中になっている。
「……お、もう帰るのか?」
向こうで宴会の中心になっていたウソップが、こちらに気付いて声をかけてきた。
ルフィは小さく笑うだけで応えた。誰が立ち上がろうと、すっかり出来上がりきった酒場の空気は揺るぎない。ナミは賭け事に夢中だったし、ゾロはすっかり壁際で眠りこけている。一人カウンターに腰掛けていたチョッパーは、何やらマスター相手に泣き上戸の気を発揮している最中だった。
愛すべき、ルフィのクルーたち。それぞれの野望を胸に、常に前を向いて共に戦ってきた。
家族のように、親友のように、恋人のように。愛しているのだと言ったなら、皆はどんな顔をするだろう。彼らを守るためなら命も賭けよう。彼らの寄せてくれる信頼に応えられるだけの己でいよう。ルフィが彼らと共に海を渡るようになって、己の心に誓った事柄は多くはない。
その中でも、これだけはと強く決めたことがある。
彼らの野望の達成を邪魔しないこと。
「待て、待て待て。もうちょっと詳しく聞かせてくれ。本当に――本当にそうなのか?」
驚きと、隠しようもない期待を滲ませた、料理人の声が聞こえる。そうして問いに答える、呂律の怪しい男の声も。
「ああ……。東と西と北と南。全ての海に続くたったひとつの海だ」
オールブルー、聞き慣れた言葉が終わらぬうちに、店を出た。
誰の野望が一番最初に達成されるのか。
必ずしも最後まで共に歩いてくれないだろうことは、早くから覚悟をしていたけれど。
翌日、朝も早いうちからルフィに会いにきたサンジの緊張は本物だった。
その時、ルフィはいつものように羊頭型の船首に腰掛けていて、地平線から徐々に明けていく空を見ていた。
「……ルフィ」
呼び声がひどく硬かった。それだけで、昨夜ルフィと同じように、この仲間も眠れぬ夜を過ごしたのだと知れた。輝く朝日の中、思い切って背後を振り返る。サンジは、正面から照りつける光にも構わず、真っ直ぐにこちらをを見ている。
いい顔をしているなと思った。
自然と笑みがこぼれた。本当のところ、心の中は笑うどころの心境ではなかった。昨夜、まるで与太話のように語られていた話が、実は信じるに値する情報であることは、直感で感じていた。こんな時の己の勘は外れた試しがない。サンジの探していたオールブルーは、きっと本当に今、すぐ近くに存在しているのだろう。
「昨夜。お前が帰ったあと、噂を聞いた」
サンジはゆっくりと話し出していた。
ルフィは相槌も打たずに彼を見ていた。酒に酔った男がオールブルーと思しき海を知っていたこと、この村の洞窟がその海に続いていること、サンジの口から語られる言葉は淀みなく続く。
「……それで、一緒に来てほしいんだ」
彼は言った。
「ゴムボートを村で借りることになってる。お前に、一緒に確かめてもらいたい」
「……ゾロやナミたちは?」
サンジは小さく首を振った。お前だけだ、繰り返される言葉。
「ダメか?」
「いや。かまわねぇよ」
普通に応えられる自分に驚いた。けれども、彼の目を見ていると、何となく思い当たることもある。サンジの、静かな、それでいてひどく真摯な面差しを、ルフィは以前にも何度か目にしたことがあった。
――誰がやるかよ。
海水に嫌われるたび、重くなるばかりの手足を、持ち主であるルフィの代わりに力一杯引き上げた彼。仇と戦っているような激しさで言い切った。
――お前の命を食わせてたまるか。
海の魔力で力の抜け切った四肢はだるく、酸素の足らない脳はものを考えることすらできなかったが、そんな時のサンジの声と表情だけはひどく鮮明に覚えている。普段は己の命を人任せにすることなど冗談でもしたくはないが、その時だけは、例えばこのまま気を失っても、多少水を多めに飲んだとしても、彼がいるから大丈夫だと思った。
そして、同じ表情で今、野望の達成を確認してくれと言うサンジ。
「……いいさ、行こう」
ルフィがもう一度明るく言うと、ほっとしたように彼も笑った。
彼を笑わせる力が自分にあることが嬉しかった。
もしも、これから辿りつく海の上で、彼が船を下りると告げたとしても――笑ってうなずこうと思う。良かったなと肩を叩いてやろうと思う。本当は偽物でしかなかったとしても、彼にそれを気付かせてはならない、と。
決心して、ルフィは船首を下りた。
件の洞窟は、村外れの森の奥にあるらしい。
生い茂る木々の中をしばらく歩くと、間もなく蔦だらけの大岩が見えてくる。その岩には雷の形をした大きな亀裂があって、中には真っ暗な天然の通路が延びていた。
サンジは躊躇いもせず亀裂を潜っていく。ルフィも後へと続いた。少し進めば徐々に光は遠くなり、用意していた懐中電灯のスイッチをサンジが入れるのはすぐのことだった。
入り口からの光がほとんど届かなくなった頃、洞窟の向こうからはかすかな水音が聞こえてきていた。気付けば、足元の岩が湿っている。潮の匂いもしてきた。最初濡れていただけの岩が、先へ進むにつれ滑っていくのがわかった。苔の類なのか海草の類なのか、黒っぽい植物が岩を覆っているのが見える。
サンジは一言も喋らない。ルフィも話しかけるようなことはしなかった。ただ、少しずつ水の気配が強くなっていくのを感じる。ずっと岩肌を歩いてきたはずなのに、今では足の甲までもがすっぽり海水の中だった。
海水だ、と、わかるのは、足先の感覚が鈍いせいだ。
悪魔の実の能力者は海に嫌われる。少々水に浸かったくらいで身体中の力が抜けるまでいかないが、己の自由にならない奇妙な感覚は確かにあった。
突然サンジが立ち止まる。
「……見たことねぇカニがいる」
彼が電灯で照らす中には、えらく派手な色をしたカニがいた。緑と赤のまだら模様。いかにも南国にしか生息していない色合いのカニだった。
「どこのカニだろうな」
ルフィは思ったままを尋ねた。サンジは応えない。じっと極彩色の甲羅を見据えているだけだ。と、光に誘われてか、小魚たちまでもがカニの周囲に集ってくる。
「……こっちはイースト・ブルーの魚だ」
溜め息のような声で言うサンジ。ルフィはもう一度問う。
「こっちのカニは?」
「見たことねぇ。イースト・ブルーにはいないカニだ」
違う海にいるはずのものが同時に生息している場所。
「……まだ先に進むか?」
ルフィが言うと、彼は二度、三度とうなずいた。
「もう少しだけ確認してぇ。……ボートを出そう」
振り返ることもなく先を行く。ルフィがここにいるのにこちらを見ないサンジ、というのを、初めて見た気がした。そう言えば彼の背中もあまり長く意識して見ていたことがない。厨房に立っている時の彼は饒舌で、絶えずルフィを罵倒し笑わせ、時に試食と言えないほど素晴らしい味のおやつをくれたし――、旅をしている時なら、先頭に立つのは大抵ルフィの役割で、サンジはほぼ隣か後ろか、ルフィが簡単に彼の視線を図れる位置にいた。
それが、今は違う。ルフィには今、サンジの視線がどこにあるのかすらわからないのだ。
同じものを見ていたとしても、きっと同じ感動では見ていられないだろうと思う。実際、彼の歓喜は空気を通して伝わってくるのに、ルフィはひどく冷めていた。珍しいゴムボートを目にしても動けない。
もっと……その瞬間は一緒に喜んでやれるものだと思っていた。
自分はこんなに狭量な人間だっただろうか。
「ルフィ、早く乗れ」
簡易ボンベで瞬く間に膨らんだボート。サンジは本当に手際よく作業を進めている。
ルフィは黙ったままボートに乗り込む。
「……聞いた話だと、この先が入り江のようになってるって……」
彼が言いかけた先のことだった。ボートの下を、首の長いワニのようなものが這っていく。
ルフィにも判断ができた。今のは小型の海王類の一種だ。
いくつもの海の、いくつもの種族が共存する場所。ここをオールブルーと呼ばずに何と呼ぶべきか。
「……まだ確かめるのか?」
静かに訊いた。サンジは振り返らない。
「なぁ、サンジ――」
ルフィは一番最初に耳にした、彼の野望の一言一句を間違えることなく口にする。
「オールブルーを見つけたら、お前はそこに自分の店を開くんだよな……?」
「……そうだった、な」
「……オメデト」
まだ戸惑い気味の、それでも幾分機嫌の良さそうな沈黙。ルフィは彼の背中を見つめたまま、そっと溜め息をついた。
結果だけ先に言ってしまうと、その洞窟の海は天然のいけすと同じ働きをしていたらしい。洞窟自体は途中で行き止まりになってしまっていて、水は地下から海に繋がっていたようだ。この水を辿っていけば、青空の下にある本物のオールブルーへも辿り着けることだろう。
洞窟の突き当たりを確かめたサンジは、ようやくルフィを振り返る。
「――とにかく、オールブルーは実在する」
ここが薄暗い場所でよかったと思いながら、ルフィは笑っている振りをした。
「魚釣って帰るぞ、ルフィ。今晩はスペシャル・ディナーを作ってやる」
そりゃ楽しみだ。
いつものように応えたなら、少しだけ泣きたい気分になった。
船に帰りつくや否や、サンジは文字通り一直線に厨房へ向かって行った。
いつもなら、後をついていって、料理する彼にちょっかいをかけるルフィだが、今日ばかりはそんな気分にはなれない。お気に入りの船首に上るのすら煩わしく、戻った足でそのまま甲板に寝転んだ。
飛び込んでくる青空が目に痛い。
「……なーにやってんの」
ナミだった。ルフィの足元付近で、呆れ果てたような眼差しでこちらを見下ろしている。その手には海図が束ねられていた。
「……ナミー……オールブルー見つけた」
ルフィが脱力して言うと、彼女はやわらかく微笑む。
「そ。サンジくんも喜んでた?」
「おぉ。今晩はスペシャル・ディナーらしい」
「楽しみじゃない」
「おー……」
疲れたようなルフィの有様に、楽しげに目を細める彼女。
「ねぇ、ルフィ。あたしの野望は知ってるわよね?」
「……世界中の海図を作る」
「当たり。物忘れの激しいあんたでも、仲間の夢は忘れないか」
「忘れるわけねぇ……」
でも、あまり今は話したくない話題なのだ。ルフィが物憂げにナミを窺うと、ナミはまた、いたく楽しげに笑った。
「教えてあげる。多分、一番最後まであんたと一緒にいるのはあたしだわ。たとえあんたの野望が叶って"ひとつなぎの大秘宝"を手に入れたとしても、全部の海を航海するまで、あたしはあんたから離れない。だから私のためにはウソつかなくて済むわよ、あんた」
「ウソ……」
「ついてきたでしょ、さっき。オメデトウって、言ったはずよ、あんたは」
何だか急に泣きたくなった。それでも浮かんだのは苦笑いだったけれど。
「ウソじゃねぇよ?」
「そう?」
二度は答えられなかった。ルフィは両手で目を覆う。
バカね、笑うナミの声が聞こえる。
「いつものワガママはどこへやったの、キャプテン。あんたがそんなだと、サンジくんだって残るって言えないわ」
「……あいつは言わないぞ、そんなこと」
「どうかしら。あんたがワガママ言ってくれたおかげで、イロイロ助かったこともあったわよ?」
ルフィが答えずにいると、彼女はしょうがないと言わんばかりの溜め息をひとつ落とし、
「……ねぇ、知ってるのよ、ルフィ。言ってもいい?」
彼女の次の言葉を予測できていたなら、即座に耳をふさいでいただろう。
あんた、サンジくん好きなんでしょ。
瞬間、思わず飛び起きていた。得意げな彼女を、唖然として見上げた。
かぁぁっと、顔が火を噴いたように熱くなる。ナミがまじまじとこちらを見ているのに気付いて、慌てて麦藁帽子で顔を隠したが、そんなことはちっとも役に立たなかった。後を追う快活な笑い声。彼女がそんなふうに笑うことを気に入っていたルフィだったが、この時ばかりは居心地が悪い。
「――ナミっ、笑ってんじゃねぇよっ」
「だっておっかしいんだもん! ねぇ、もしかして隠してたの?」
「知るかよっ。大体、何でお前が知ってんだっ」
「わかるわよぉ、用もないのに厨房へ行って、食べ物連呼しながらサンジくんの名前まで連呼してたじゃない。名前呼ぶの、そんなに嬉しかったの?」
「ちがっ」
「海に落ちた時なんかもちょっとロコツだったけど? 何人助けに行こうが、どうして毎回サンジくんの方に流れてくのかしらねぇ、あんた?」
「お……っ、俺がいつっ! 水ん中でそんな余裕見せてたよっ!」
「そぉお? 偶然だったの?」
ナミー! 必死で言うのに、彼女はちっとも追う手を休めてはくれない。遂にルフィが黙るしかなくなった。次々上げられていく事柄は、自分で聞いていても恥ずかしいことばかりだ。
「だから――ワガママ、言っちゃいなさいよ、ルフィ」
最後に、ナミは笑いながら告げる。
「この船に、あんたの願いを無視できるヤツなんか乗ってやしないわ」
そんなこと知っている。知っているから、言わなかったのではないか。
その晩のスペシャル・ディナーは、まさしくスペシャル・ディナーだった。
見たことのない魚、見たことのない貝、見たことのないエビ、見たことのないカニ。ついでに、何だか不思議な味のする海王類の肉に、変にすっぱい何かの卵とか。
普段は飲まないワインを、サンジの薦めで、細くてすぐに壊れそうなグラスで呑んだ。
いつもより多く笑った気がする。
いつもより多く喋った気もする。
いつもの数倍の量を食べて――でもどんな味だったのか覚えていない。途中でサンジの顔を見れなくなっている自分に気が付いて、とにかくアルコールをがぶ呑みした。酒の味もわからなかった。
結局酔えもしなかった。こんな日に限って、ナミもゾロも、ルフィに呑み比べの勝負をしようとは言わないのだ。
サンジは少しだけ上の空だったかもしれない。何度となくこちらへ流れてくる視線に気付かないふりをするのは一苦労だった。勢いで「オールブルーに乾杯!」なんて叫んでしまったけれど、本当は唇が震えそうだったことを、誰も気付いていなければいいと思う。
晩餐はそんなふうに賑やかなままお開きになった。
甲板から仲間が一人立ち、二人立ち。普段はそのまま酒の席で眠ってしまうゾロですら、どうしてだか珍しく船室へと帰っていった。今夜の見張りはチョッパーだったが、ナミが今晩まで停泊していようと言うので、見張り台にも仲間の姿はない。
残ったのは、計ったようにルフィとサンジの二人だけだった。
ゴーイングメリー号の目前には、今も奇跡の海へと続く島がある。その島を眺め、静かに煙草に火をつける彼。ルフィはほとんど惰性でグラスに余ったワインを呑んでいた。
「……うまいか?」
サンジが言った。うまいよ、ルフィは彼の方を見ずに答えた。
すると、不意に苦笑されてどきりとする。サンジは続けて言った。
「お前ウソもつけるんだな。こりゃウソップ用なしか?」
「……ウソなんてついてねぇ」
ついてるだろ、今。断言して笑う彼は、怒っているわけではなさそうだった。 ルフィは覚悟を決め、ゆっくりと振り返る。
「……なぁ、お前以上に俺の料理ウマイって言ったヤツはいなかった」
サンジはどこか困ったように告げる。
「まぁ美食だとかグルメだとか、そーゆー言葉がお前に似合うとは思っちゃいねぇけど。ただ単に肉焼いてれば良かった時もあった。水出してもウマイって言ったしな、お前。クソゴムの味覚がどんだけ信用できるもんなのか、俺にもわからねぇさ。けどな――」
そっと息をつく。
彼が燻らせる、オレンジ色の煙草の火を、キレイだと思ったのはいつが最初だっただろう。
覚えていない。もうずっと最初の頃のことだ。小さな灯火がキレイで、長い指もキレイで、その火を映す目もキレイだと思った。いつだったか素直に褒めたら蹴られた気がする。わりに怒りっぽいところも、時々妙に冷静なところも、すごく好きだった。
「それでも、お前以上に、俺にウマイって毎回毎回言うヤツはいなかった」
「……そりゃ、ウマイと思ったから言ったんだ」
「だからだろ。もー耳にこびりついてはなれねぇ」
「……さっき、そんなにウソっぽかったか」
「ああ」
「そっか。わりぃ。全然味わかんなかったんだ、今日」
「どうして」
「最後だと思ったから」
サンジが笑った。ルフィは重ねて言う。
「こうやってサンジのメシ食うの最後だと思ったら、他に何にもわからなくなった」
そりゃどーも。こちらとは反対に嬉しげな顔をする。何だか釈然としないルフィである。
「……何だよ。下りるっつったじゃん、お前」
「言ったな」
「言った」
「まぁ、そん時はまだお前の船には乗ってなかったしなぁ?」
サンジは、本当についでのように呟いた。
――お前が海賊王になるのも信じちゃいなかったさ。
聞いたルフィは、しばらく彼の言葉を頭で繰り返し、吟味し、ようやく裏の意味に気がついた。
つまり今ではルフィが海賊王になると。彼はそう信じていると言っているのだ。
「……俺が海賊王になるのと、お前の野望と関係あるのか?」
尋ねると、サンジは「わからない」と小さく笑う。
「もしかしたら、いつか今を後悔する時もあるかもしんねぇ。でも、店なら後悔してからでも開けるだろ?」
「…………」
「お前が海賊王になるのを見てからでも開ける。そーいうことだ。それに、見ろ――」
差し出される彼の両手。ルフィがわけがわからず覗いていると、更にずいと突き出される。
触れ、と、言われている気がした。目で彼を窺えば、無言のうちに急かされる。
手は、彼が最も気をつけて扱っている場所だ。他は骨が折れようが脱臼しようがお構いなしだったくせに、本当に手だけは、どんなことがあっても庇って戦っていた。
ルフィはそういった事柄を思い出しながら、できるだけ慎重に触れてみる。案外硬くて大きな手だった。握っても大丈夫なのか訊くのを忘れていたので、甲や指を撫でるだけだったのだが、しばらくすると、サンジの方からルフィの手のひらをぎゅっと握りしめてくる。
「わかるか?」
彼は言った。
「いつの間にか俺の手は、お前のためにしか料理しなくなってた」
びっくりした。
したと同時に、何だ、とも思った。
もしかしてやっぱり言っていいのかもしれない。それどころか、言えと言われている気がする。
ルフィはすぅっと息を吸い込む。初めて彼を船に誘った時もこんな気分だったと思いながら。
「じゃあ――じゃあ、一生。俺のコックでいてくれ」
サンジが笑った。
一生はつれぇよ、言葉ではそんなふうに返しながら、すごく嬉しそうな目をしていた。
── だって、考えてもみろよ。
俺以外のクソコックが作ったメシを、あいつがウマイなんつって食ってみろ?
オロシてやると思うじゃねぇか。
後になって、ウソップからサンジがそんなふうに言っていたのだと教えられた。コクハクするなら今よ、おもしろがったナミは近頃しきりとけしかけてくるようになった。彼女たちには何だかんだと言葉を濁しながら、ルフィは今日も厨房へ入り浸る。
サンジ特性のおやつを食べ、ウマイと笑う。
こんな日がずっと続けばいいと思う。