人に触るのは怖い。触った途端に汚いもののように跳ね除けられる、そんな経験が少なくなかったからだ。実際、アカデミーでイルカに出会うまで、出来る限り自分から誰かに触ることは控えてきたナルトだった。植物や獣ならばナルトの手を喜んでも、木の葉の里に住む人間であれば──あのイルカですら、最初はナルトを奇妙に苦痛の浮かんだ表情で眺めたものだ。
だから今も誰かに向かって手を延ばすことは怖い。そして目下、一番その恐ろしさをナルトが感じるのは、何を隠そう、常日頃からナルトを好きだと言ってくれる人物に対してである。
誰よりもナルトが好き。そんな夢のようなことを繰り返し言い聞かせてくれる相手ができた。
今、ナルトがほんの少し膝を進めるだけで、簡単に身体ごと触れ合う位置に、その人物はいる。
木の葉の紋様の入った額宛で片目を隠し、口布で顔の半分を覆面しているカカシ。
彼がナルトを嫌っていないことは良くわかっていた。彼の大きな手は最初からナルトの髪をやさしく梳いてくれたし、その長い腕は力一杯しがみつくことを許してくれていた。今この時も、ナルトが本当に自分から触っていいのかと迷っている様子を、根気強く見守ってくれている。
それでも怖い。カカシにだけには嫌われたくないから、余計に怖い。
「……ナルト」
先をうながすように呼ばれた。ナルトの肩がびくつくのに、笑うような溜め息をついて、しかしカカシ自身は動かない。
練習しよう?、そう言い出したのは彼だった。決して恐怖を語ったことはなかったのに、彼は自分から触ることに躊躇するナルトを知っていた。
「触って確かめて」
彼は言う。
カカシはナルトが触っても嫌がらない。カカシはナルトが触っても暴力を返さない。カカシはナルトが触っても怒らない。カカシはナルトが触っても幻みたいに消えたりしない。
カカシはナルトが好き。
「……っ……」
ナルトはひきつるような呼吸を堪え、動かぬ相手へと手を掲げた。
何とか腕の関節を伸ばし、震えて縮こまりたがる指を伸ばして、彼の口布に触れる。ぎこちないとしか言えない仕草だっただろう。本当にやっとの勇気でその表情を隠していたものを取り払う。
目に飛び込んできたのは、ひどく穏やかなカカシの顔だ。
嫌悪など微塵もない。
思わず安堵の息が漏れた。ナルトは未だ緊張しながら彼の頬に指を掠らせる。一度目はそっと。すぐに離れて、二度目は少し長く。
カカシはたどたどしい接触に微笑みこそすれ、全く無抵抗のまま目を閉じた。
「……せんせ……っ」
もう、思いという思いが、指先から溢れてしまいそうだった。
触れ合う幸福をどうすれば良いのだろう。この指はきっと彼を永遠に覚えてしまう。
ナルトは思いに急き立てられるかのように彼の頬に口付ける。すると、ヨクデキマシタとやさしい声が聞こえ、嬉しくて仕方がないのに胸が痛くて涙がこぼれた。