朝もやの中、時計台の尖った屋根に光が当たる様が鮮やかだった。
ロイは目を細め、高台の一角から己が暮らすイーストシティを見下ろす。レンガ造りの小さな建物が犇く街だ。石畳が朝陽を照り返し黄金色に輝いている。あちこちの路地を彩る花々と濃い緑の木々が瑞々しい。
その景色の中を、こちらに向かって駆けてくる人物がいる。影が、実際の背丈の三倍近く、長々と地に延びていた。
ロイはこっそり笑う。
相手は早朝から呼び出されて腹を立てたかもしれないが、もしも影の長さに気分を良くしているのなら、ロイを見て一番に浮かべる表情は怒り顔ではないだろう。
果たして、結果は予想通りだった。
坂を駆け上り、丘の上の展望台に着いたエドは、息を切らせながらも半分笑いかけていた。しかしロイの視線に気付くと、本当に笑うまでには至らない。
むっと眉を寄せ、明らかに作ったらしい不機嫌そうな顔で、こちらを見る。
「こんな場所まで呼び出して――くだらない話だったら承知しねーからな」
「そう言うな、鋼の。良い気分も味わえただろう?」
「どこが! アルに言い訳するの大変だったんだぞ! 出発まで時間がない、さっさと用件言えよ」
手厳しい言葉に、苦笑して肩を竦めた。
それでもエドの目は、高台から見下ろすイーストシティに吸い寄せられたようだった。先ほどまでロイが見ていた景色だ。朝もやに沈む黄金色の街並み。
「……綺麗だろう?」
静かに言えば、エドも渋々うなずいた。
「まぁな。……でも、それとわざわざこんな朝早くに呼び出すこととは別だろ?」
「君が私に会わずに次の旅に出るなんて言うからさ。会おうと思うのなら、この時間しかなかった」
「そりゃそうだけど……」
「それに、軍の電話では伝えにくいことでね」
ロイは上着のポケットから、彼のために用意していた封書を取り出した。
「機密に近い。できれば今ここで読んで書類は私に破棄させてくれ」
エドはさすがに息を飲んだ。黙ったまま封筒を受け取り、取り出した文書をしばらく目で追ったあと、丁寧に封をしこちらへ差し出す。
「……サンキュ」
「どういたしまして」
軽く言えば、彼は困ったようにロイを見上げた。
「……なんか」
「ん?」
「なんか持ってくれば良かったよ、大佐に返せるようなもの。朝飯になりそうなものでも。宿から出てくる時、通りで見たのに」
ロイは思わず口元を緩めた。
「朝から呼び出されて腹が立ったんだろう?」
「そうだけど。思わなくもなかった……大佐が、何の意味もなく、変な場所とか時間とか指定するわけがないって」
「君にそう思われるのは光栄だな」
「そうやって、いつも軽いから間違われるんだ。オレも騙される」
エドは咎めるようにロイの背中を叩き、継いで上着の端をそっと握りこむのだ。
「……シワになるよ」
ロイが笑って言うと、
「ぐしゃぐしゃにしてやる」
今度は盛大にしがみ付かれた。
陽が高くなり、上着にじゃれつくエドの金髪が、光の糸のように風に踊った。ふと目を奪われたロイは、彼に気付かれぬようそっと身をかがめ、髪先に口付ける。
ロイの仕業に気付かぬエドは、いつまでもいたずらっ子さながらの顔で憎まれ口を叩いては笑っていた。