噛みつきくん1号

 エドが久しぶりにイーストシティへ出向いてみる気になったのは、旅先でのアルフォンスの一言がきっかけだった。
「そう言えば、そろそろダイナマイトベリーさんの誕生日だ」
 偶然足を踏み入れた宿屋の女主人が、ちょうど件の飲み屋の店主と似たような趣味の人物だったのだ。カーテンやベッドカバー一式がイチゴ柄の部屋に案内され、驚いたものである。
「……こういうのプレゼントしたら喜んでくれるかな」
 懐かしげに話す弟を見て、次の行き先をイーストシティに決めた。
 ダイナマイトベリーには兄弟揃って良くしてもらっている。せっかくタイミングの良い時期に思い出せたのだ、顔を見せるついでに一言祝いを言うのも良いと思えた。
 それに誕生日という口実があるのなら、ロイも気持ちを改めるかもしれない――
 「次は噛みつく」などという変な脅しをかけられてもう三ヶ月近く。電話で話すことがなかったわけではないが、お互いその話題を蒸し返す機会もないままだった。何か変わったという情報も聞かないし、彼は今でもダイナマイトベリーに子供じみた意地悪を続けているのだろう。
「誕生日か……今度こそ大佐を引っ張ってってやらねーと」
 しかし決意も新たに呟いたエドへ、アルフォンスが思い出したように注意をする。
「そのことだけど……ダイナマイトベリーさんが、大佐が嫌だって言ってるうちは無理強いしなくていいって言ってたよ」
「なんでオヤジさんが遠慮するんだよ? 大佐のあれはただのワガママだぞ?」
「うん。ボクもそう聞いてたんだけど、ダイナマイトベリーさん本人はそうじゃないって思ってるみたいだった」
 エドが腑に落ちない顔でいると、アルフォンスはもうひとつ情報を付け足した。
「ダイナマイトベリーさんが大佐と最後に話したのは、イシュヴァールの内乱が激化する前だったんだって」
 つまり、人間兵器として戦場に立つ前だったのだ、と。そんな話を聞かされてしまえば、「錬金術師を魔法使いと勘違いするような相手が好きではない」と言っていたロイの言い分も真実味を帯びてくる。
「けど、相手は大佐だからなぁ……」
 それでもエドが信じきれずにぼやけば、アルフォンスも苦笑した。
「とりあえず無理強いじゃなかったらいいんじゃない? せっかくの誕生日だからね。せめて錬成陣だけでも書いてもらえたらいいんだけど」
「いっそ手袋盗んでみるか? あれにも錬成陣書いてあるぞ?」
「そこまでしたら大佐だって怒るよ」
「案外笑って許すかも」
 アルフォンスが肩を竦めた。
「そのへんは任せる、多分兄さんが相手だったら普通怒るようなことも違うんだろうし――きっと顔見たがってるんじゃないかなぁ」
「誰が? 誰の?」
「大佐が。兄さんのだよ」
 おかしそうに言われて照れくさい気分になった。
 エド自身もロイに気に入られている自覚はある。年齢は全く違っても二人でいると妙に話が弾みもした。常にからかわれるのは嬉しくないが、決してそれだけの相手でもないから、こちらからも折につけ連絡を取るようにしていたのである。
「……ま、何とかなるか」
 ひとまず錬成陣の件は脇へ置くことにする。
 こうして、翌日、エドはアルフォンスと共にイーストシティへと向かう急行列車に乗り込んだのだった。


 久々の東方司令部はえらくくたびれていた。
 顔馴染みの憲兵に聞いた話では、つい一昨日まで某テロ対策に追われて大変だったのだとか。長く緊張状態が続いていたこともあって、今日などは一気に司令部全体が倦怠ムードで染まってしまったらしい。
 それでも大部屋まで進んでみると、いくらか元気な顔にも出会う。
「おおっ、久しぶりじゃないか」
 まずエドたちを発見したのはハボックだった。彼の声が呼び水になって、すぐに辺りにいた軍人たちが集まってきた。
「本当に久しぶりね、二人とも元気だった?」
 穏やかに尋ねたのはホークアイだ。いつものようにアルフォンスと丁寧な挨拶を交わし終え、彼女はふと視線を壁の時計へと飛ばす。
「……大佐にも挨拶をしていって欲しいんだけれども、今ちょうど仮眠を取られている最中なの。もう一時間くらい待っていてくれる?」
 エドは気軽にうなずいた。
「かまわないよ、特に急ぐ用事があったわけでもない。――そこで聞いてきたよ、テロで大変だったんだって?」
 エドが話を振れば、ホークアイばかりでなくこちらを取り囲んだ全ての軍人たちが深い溜め息をついた。
 結局ハボックが全員の心境を代弁をする形で口を開く。
「大変なんてもんじゃなかったさ、不眠不休で司令部中がてんてこ舞い。ようやく落ち着いて普段の態勢に戻ったとこだ。大佐ですら二週間近く司令部暮らしを強いられた」
 そう言えば、ロイのような地位にいる人物が真昼間から仮眠を取っているのも珍しい。よほど不規則な生活になっていたのだろう。
 と、唐突に若い軍人の一人が明るい声を出した。
「そうです、ハボック少尉! 鋼の錬金術師どのたちにもご協力をいただきましょう!」
 声を聞くや否や「それがいい」と、また別の軍人が近くにあった事務机の上からヒツジの置物を取り上げる。
「なんですか、それ?」
 アルフォンスが不思議そうに受け取った。エドも弟の手の中を覗き見る。置物の背には細い穴が開いている。
「貯金箱?」
 振ると意外に重たげな音がした。
「なんてったって国家錬金術師さまだもんな。期待してるぜ、エド。アルもな。無理しない範囲でいいんだが、ちっとカンパに協力しちゃくんねーか」
「そうね……一人五〇〇センズで充分な計算なんだけれども」
 ハボックだけではなく、こういうことにはあまり積極的に見えないホークアイまでもが言葉を足す。
「何のためのカンパなんですか?」
 エドの尋ねたかったことをアルフォンスが先に尋ねた。
「この週末に、ダイナマイトベリーの店でパーティーやることになってんだ」
 軍人たちの楽しげな顔を見てエドもぴんときた。
「……もしかしてオヤジさんの誕生日の?」
「お、知ってたか? オヤジさんには世話になってるやつが多いからなぁ。それぞれでプレゼント考えるより、少し金集めて全員でちょっとしたもん贈ってやろうって話になってな」
「プレゼントの費用と一緒にパーティーの経費もカンパを募集してるところなの」
 聞けば、ここ数日のテロへの鬱憤を晴らす目的もあるそうで、パーティーは景気の良いものになるらしい。そういうことなら渋る必要もない。エドはアルフォンスと相談した結果、三〇〇〇センズを貯金箱の中に入れた。
「有志いたみ入ります」
 その場にいた軍人たち全員に敬礼されてしまったので、エドもアルフォンスと一緒に敬礼し返し、互いに笑い合った。
 
 しばらくパーティー当日の計画を皆に混じって話していると、ホークアイがエドだけにこっそり手招きをするのに気づく。誘われるまま部屋の隅へ移動すると、彼女は声をひそめて言った。
「そろそろ大佐が起こすように言った時間になるの。エドワードくん、行って起こしてきてくれない?」
 最初はわざわざ小声でする話ではないと思ったのだけれども――
「それで、もしもあの方がまだ疲れた素振りをされていたら、休憩の時間を長く引き延ばしてやってほしいの」
 エドが驚いて顔を上げると、ホークアイは困ったように微笑んだ。
「現場にいて下さるのは心強いけれども、今回に限っては無理が過ぎるようだから」
「……大佐、そんな疲れてんの?」
「この三日間は、一日に二時間も眠っていらっしゃらないはずよ」
「わかった……」
 うなずけば彼女もよろしくねと言葉を重ねて戻っていく。エドはアルフォンスに手振りで外に出ることを伝え、目立たぬよう大部屋から離れた。

 仮眠室周辺はいやに静かだ。一応ノックをしたあとで扉を開けたのだが、部屋で何かが動く気配もない。整然と並んだベッドにしてもシーツの乱れは見えず、エドはしばらく立ち往生してしまった。
「……大佐?」
 何も聞かされていなければもっと大声で呼んだのだが。
 仮眠室自体はくの字型の造りになっており、入ってすぐの広間にはベッドが、突き当たりを曲がった奥には、テーブルや小さな流し台、冷蔵庫などが備え付けられた休憩所がある。
 果たして、ロイはその休憩所にいた。
 他よりも一段高くなった奥間では、元々靴を脱いで寛げるよう絨毯敷きになっているのだが、ロイはそこにブランケットだけを持ち込んでごろ寝している。
 床は固いし、ベッドで眠るよりもよっぽど寝心地が悪いのではないかと思うのに、寝顔を覗き込んでみるとそうでもない。くー……っ、と、何だか見ているこちらが笑ってしまいそうになるくらい無防備な顔で眠っていた。
 エドも音を立てぬよう靴を脱ぎ、絨毯の上に上がり込む。
 とりあえず真横に座ってみた。遠慮ぎみに腕や頬を叩いてもみるが、ロイは全く起きる様子がない。
「……大佐、時間らしいぞ?」
 今度は声をかけた。これもまた真剣に目を覚まさせてやろうという大きさではなかったので、効果も皆無だ。
 エドはだんだん無反応のロイをいじるのがおもしろくなってしまった。
「おーい、大佐?」
 少し強めに腕を揺すってみる。
「起きろって。起きないとあんたで遊ぶぞー」
 いくらかは耳に届いたらしい。彼の眉がひそめられ、声を嫌うように寝返りが打たれる。とはいえ、横を向いてブランケットを抱え込み、また眠る体勢だ。エドは軽く彼の頭髪の毛先を引っ張ってみる。
「大佐、起きろよ」
「…………」
 もぞもぞと動くが答えはない。
 ふと、例の呼び名で呼んでやろうという悪戯心が胸に浮かんだ。
 何しろ今回ばかりは立派に言い訳もある――そうである、大佐という呼び方で起きない相手が悪いのだ。
「大佐」
「…………」
「大佐。……起きないのか? 知らないぞ?」
「…………」
 とうとう忍び笑いを漏らしながら、エドはその呼び名を口にした。
「起きろって。……ロイ坊」
 しきりに布地の中へもぐり込もうとしていた彼が、その声を聞くや否や、大儀そうに頭を動かす。
 まずうっすらと開いた目がエドの姿を確認し、不機嫌そのものの眼差しがこちらを睨んだ。
「……鋼の」
 そしてロイはおもむろに片手を伸ばし、今まで眠っていたとは思えないほどの早業でエドの身体をブランケットの中へ引き込むのだ。
「――こ、こら!」
 悲鳴を上げてもおかまいなし、背後からがっちり抱きつくと、彼は掠れた声音で言うのである。
「……私は今、なにかもの凄く不本意な呼び名を聞いた気がするんだが、空耳だろうか」
「ソラミミだ!」
 エドは一も二もなく叫んだ。
「そうかい? 本当に?」
「本当、本当」
 言い募れば、案外簡単に彼の腕は拘束を解いた。ぐたりと力を失う手は妙に温かく、未だに彼が眠りたがっていることを知らせるに充分である。
 エドは首だけ捻って相手の様子を確かめた。
「……もう時間だってさ。ホークアイ中尉に頼まれて起こしにきたんだ」
「そうか……」
 うなずいたものの起き上がる気配がない。エドがしつこく観察していると、視線を嫌ってこちらの背に顔をうずめ、うう、だか、ああ、だか、判別のつかない呻きを上げる。
「……目が開かない」
 結局の呟きがそれだった。エドはつい笑ってしまった。
「中尉がもうちょっと寝てても大丈夫だって言ってたよ、もう一回眠れば?」
「いや、そうもいかないだろう……」
 ロイは苦く答えはしたが相変わらず動かない。しかし頭は回り始めたらしく、
「……そう言えば、君に会うのはずいぶん久しぶりじゃないか?」
 今更なことを言ってエドを苦笑させる。
「まぁね、たまには人に顔見せとこうと思って」
「私に?」
「残念。あんたはついで」
「君は相変わらず冷たいな」
 ロイは溜め息をつき、それから小さく顔を上げた。
「……というか、君は本当に冷たいよ。もっとあったかいかと思ったんだが」
 最初は性格的なことを言われているのかと勘違いしたが、ロイの言っているのはそういうことではなかった。大きな手のひらで鋼の腕を撫でられ、エドはまた苦笑う。
「あのな……冷たいのは当然だろ? これ本物の腕じゃねーんだから」
 動き回る彼の手を機械鎧の手で握ってやると、彼もその手を握り返してくる。冷たさが嫌であれば離れそうなものだが、ロイの手はいつまでもそのままだ。エドはそっと尋ねた。
「……あのさ、冷たくないの?」
 ロイは背後で笑ったらしい。
「今は気持ち良いんだ。おかげで段々目が冴えてきた」
 言葉通り、既に両方の手がエドの機械鎧を包んでいる。
 何だか奇妙に嬉しい気分になって困った。ロイは時々こういうことをする。エドの劣等感に直結する場所に触れておきながら、傷つけるのではなく逆に癒すような。
 ぴったりと引き寄せられた背中が温かかくて動きたくない。こちらがされるがままでいると、ロイは穏やかに問いかけてきた。
「……それで? 私ではないのなら、君は一体誰に顔を見せに来たんだい?」
「ダイナマイトベリーのオヤジさん。もうすぐ誕生日だって、アルが言うからさ」
「そういうことか……」
 答える声には早速苦いものが含まれている。やはりまだ関係は修復されていないのだろう。エドは自分の胸の前で機械鎧の手を握っている彼の指を、もう片方の手で引っ張りながら注意するのだ。
「まだごねてんのか? せっかくの誕生日なんだから、もういいだろ?」
「誕生日ならハボックたちの企画に協力したよ、私の気は済んだ」
「大佐の気だけ済んでも仕方ないだろ。大体週末のパーティーには参加しないのかよ?」
「しないよ」
 ロイが自分の指を取り返し、悪さをするエドの両手をそれぞれ掴んだ。エドは多少むっとして声をひそめる。
「……ロイ坊」
「鋼の」
 彼の声が咎めるものへと変わった。だがエドも負けずに言うのだ。
「ロイ坊。ロイ坊。ロイ坊。――見ろ、オレに呼ばれるのなんか全然聞き流してるくせに。オヤジさんにだって勘弁してやりゃいい。あんた元々そんなことに拘る方じゃないじゃないか」
「……別に聞き流しているわけではないよ、噛みつくと言っただろう?」
 言われた傍から耳に固い感触が当たり、どきりとさせられた。けれども当たっただけで痛みは感じない。
「……噛みつけば?」
 だから本当に噛まれる前に言ってやる。
「噛んだらいい、それでオヤジさん許すきっかけにしたらいい」
 しばらくロイは沈黙した。
「……ここで噛みついたら私は相当ダメな男だと思わないか?」
「別に。そう言って話逸らす気じゃないよな?」
「君は……本当に……」
 ロイが苦笑するのがわかった。エドは彼が話をはぐらかさないうちに言い募る。
「オヤジさん、アルに言ったらしいよ、大佐が嫌がってるうちは無理強いしなくてもいいって。ロイ坊って呼び名だけじゃなく、本当は違う理由があってあんたが自分に会いたくないんだって思ってるみたいだ」
「ダイナマイトベリーが……?」
「あんた、イシュヴァールの内乱の時からオヤジさん避けてんだって?」
 ロイが思わずといった具合に言葉を飲んだのを、エドは見逃さなかった。
「……大佐?」
 静かに呼ぶと、さすがに観念した様子で息をつく。そしてこちらを両腕で抱き寄せ、彼は再度背中に顔をうずめた。
「全く……君には参る」
 少し笑いの滲む声だった。
「まさかこういう話を聞き出すために、大人しく私の手の中にいたのではないだろうね?」
「別に……そういうつもりはなかったよ」
「本当かい?」
「本当だよ、あんたがオレの手掴んでたのと同じ理由」
 本当かな、ロイがぼやいた。エドの言葉をそのまま信じたふうではなかったが、心地良さげな雰囲気は伝わってくる。
 彼はそのままの体勢でゆっくりと告白した。
「確かにそろそろ私も態度を改めるべきなのかもしれない。ダイナマイトベリーを避けていたのは、彼が真剣に錬金術師を尊敬していたからだ。以前の私ならそれでも上手く付き合ったのだろうが……内乱のあとではなかなかね……彼の尊敬を何もない顔では受け流せなかった」
 ロイはかつて人間兵器として戦場に立った。
 刃向かう者ばかりを標的にするのが戦争ではない。時には刃向かう者を弱くするため、関係のない何かを破壊することもある。
 家屋や橋、乗り物、森、泉、村、家畜、人。
 彼はその手から生み出す焔でどれほどのものを消したのか。
 エドが黙っているとロイは声をおどけたものに変えて言った。
「しかしあの呼び名が嫌いなのも本当だよ。私はただでさえ若輩者扱いされることが多いんだ。自分から老け込むつもりはないが、上に行けば行くほど若さは中傷の種だからね」
「……ふぅん。大佐なんかオレから見たらジジイだけどな」
「……鋼の。それは本気か? 本気だったら私は泣くよ?」
 エドは笑ってやった。
「泣いてもいいぜ、今だったら慰めてやるし」
「嬉しくないよ」
 こちらを抱く腕に力が入る。エドは己の前で組まれたその手をゆるく叩き、改めて彼に誘いの言葉を告げるのだ。
「週末さ、オヤジさんの店、行くだろ?」
「…………」
「大佐が上手く笑えないって言うんなら一緒にいてやるから。会っとけよ、そろそろ」
「……鋼の」
「うん?」
 ロイの呼びかけに続きはなかった。ただうなじに柔らかいものが押し付けられる感覚があり――さすがに何をされたのかエドも気付かないではなかったが、そのままじっと背を向け続けていた。
 
 
 その週末。ダイナマイトベリーの店は、通りの外まで軍人たちで賑わっている。
 ハボックたちが例のカンパ金で購入したものは、ピンク色のジュークボックスだった。荷馬車で店先に運ばれてきたそれを見た途端、ダイナマイトベリーは本当に涙ぐんだものである。
「ありがとよぉ……こんなオヤジのために……」
 禿げ頭のいかつい男が熱く身悶えて感動する様は、やっぱりあまり目に美しいものではなかったけれども、今日ばかりは皆一様に笑いながら祝いの言葉を口にした。
 集まった軍人たちの中には、ロイの姿もあった。
 行く前はあれだけ渋っていたにも関わらず、いざダイナマイトベリーに会ってみれば何のこともない、普通に笑って普通に受け答えしている。
 ただし、錬成陣に関してだけは、完全に呼び名が定着するまで書いてやる気がないらしく、ダイナマイトベリーが「ロ……マスタング大佐」と必ずどもるのを逐一チェックしていた。
 飲めや歌えやの大賑わいに、エドがカウンターの隅でほっと息をついた頃だ。
「……疲れたのかい?」
 隣の席にロイが腰掛けた。
「そう見える?」
「いいや。気持ち良さそうだ」
「正解。でもちょっと雰囲気に酔ったかな」
 エドがのんびりと笑うと、彼はポケットから小さな小箱を取り出した。
「……それ?」
「君にも何か贈り物をしなければと思ってね」
「オレに? 誕生日なのはオヤジさんだろ?」
「君にだよ。ダイナマイトベリーのことでは世話になった」
 早々に手渡され、エドは戸惑って包みを眺めた。
簡単にリボンをかけられただけの、片手に乗るサイズの軽い箱。
「開けてみてくれないか?」
 ロイの声が穏やかでどうにも反発しきれない。エドは仕方なくリボンを解き、そろそろと小箱のふたを開く。
 と――
「わっ!」
 中から勢いをつけて飛び出てくるものがある。思わず箱は取り落としてしまったが、飛び出たものはエドの服に引っかかったままである。
 見れば、歯型のぬいぐるみだ。
 歯の部分にマジックテープがついていて、どこにでもくっつくようになっていた。小さなタグには「噛みつきくん2号」とある。
 エドが呆気にとられていると、ロイは楽しげに言った。
「この前は噛みつきそびれたよ」
 それに何と返せば良かったのか。怒るに怒れず笑うに笑えず黙ったエドへ、彼はさらりと言葉を付け足す。
「これは宣戦布告だよ、鋼の。1号は私になる予定だから覚悟してくれ」
「……1号があとかよ、順番逆だろ」
 どうにか憎まれ口を叩いたが、ロイはものともしなかった。
「カウントダウン形式なんだ」
 2から始まるような気の短いカウントダウンなど聞いたことがない。
そっぽを向いたエドの頬が赤く染まり始めるのを、服に留まった「噛みつきくん2号」だけがこっそり笑っていた。