三蔵は痛いことばかりする。最近の悟空は、彼のせいで自分が何度泣きそうになったか覚えていない。
「じーさん、三蔵見なかったか?」
今日だってそうなのだ。本当なら、あれだけの怪我を負っていて、いくら書類整理だけでも仕事なんかしなくったって、誰も文句は言はないと思うのに。
三蔵は、やめろと騒ぐ悟空を執務室から締め出した挙句、ちょっと目を離した隙に、どこともわからぬ場所へ、一人で出て行ってしまったらしい。
まさか寺院の外にいるとは思わないが、それにしたって、少しくらいじっとしていてくれてもいいと思うのだ。
「三蔵さまなら……あちらへ行かれたと思うが」
寿星の教えてくれた方向へダッシュする。
早く会って顔を確かめないと、心臓が痛くてたまらない。
三蔵、三蔵、三蔵、三蔵。
悟空なんて、本気で己の鼓動は彼の名前の音をしているのではないかと思うくらい、彼の心配ばかりしている。
……先日の妖怪騒ぎは、寺院内でも緘口令が引かれたらしく、既に誰一人、表立っては口にする者がいなくなっていた。悟空は良くは知らないが、当初妖怪と思われていた相手は人間で、しかも一度は仏道に身を置いた者であったという話なのだ。
そんな存在を、もちろん寺院が認めるはずもない。
三蔵は日々、その事件についての書類を作ることに追われている。寺院としては認めることはできないが、事の顛末を残しておく必要はあるのだとか。
悟空にとってはどうでも良い話だ。そんなことよりも、ものを書くのも辛そうにする三蔵を煩わせるな、と、真剣に腹を立てたりしている。
全くもって、心も身体も痛いことばかり。
そう、昨夜もそうだった。何だかわけのわからないような――多分"とてつもなくヒドイこと"、を、満身創痍な彼にされて、己の身体のあちこちが痛みを訴えている。
あんなふうに誰より近くなれることもあるのだと、少しだけ嬉しい気もしたけれど、やっぱり痛い。一番近くにいける瞬間を知ってしまっただけに、ちょっとでも離れていることが、更にひどい痛みに変わってしまった感じだった。
三蔵、三蔵、三蔵、三蔵。
四六時中、彼の名前を呼ぶ。目を離すとすぐにどこかに行ってしまう彼を、一日中探している。
そして今回、三蔵がどこにいたかと言えば、庭の芝生の上である。
煙草でも吸っていたのかもしれない。彼の手元にはマルボロとライターが転がっていた。当の本人は呑気なものだ、法衣に砂がつくのもかまわずに、その上で寝ていたのだから。
眠っているのだろうか……?
悟空は走ったせいで乱れた息を整えながら、彼の傍へと近づいた。
「三蔵?」
眠っていたとしても、こんな地面の硬い場所では身体に障る。起こそうと思って、少し強めに声をかけたのだが、彼はぴくりとも動かなかった。
「三蔵……、三蔵!」
肩を揺すってみる。
それでも起きない。悟空は、不意にすうっと己の血が引くのを、どうしようもない思いで感じていた。
何が起こっているのか理解できない。
したくない。
「三蔵! 三蔵っ!」
半分、叫ぶように呼んだ。これで目を覚まさない三蔵なんて、三蔵ではないのだ。
喉から苦いものが込みあがってくる。嘘だ、思うのに、目の前の彼は本当に目を覚ましてはくれないままで――
「三蔵」
泣きそうになった。その時だった。
「……バァカ」
今までのは一体何だったのだと思うくらい唐突に、彼はあっさりと身を起こす。
力が抜けた。
心臓が痛い。痛くて痛くて、泣きたくて溜まらない。けれど三蔵が、
「泣いてんじゃねぇよ」
そう言うから、本当には泣けなくなる。
「……も、何なんだよ、今のはぁ……」
「死んだふり」
ちっともシャレにはなってない。
「ひでぇ……」
今度ばかりは本気で泣きそうだったのに、彼ときたら何と言ったか。
「……そーゆう顔が見たかった」
おまけに軽いキスひとつ。
最低ヤローだ。悟空は胸を押さえたまま、真剣にべそをかいた。