ガマブン太がこれ以上もなく不本意そうに現れた時、ナルトは一瞬やっぱりダメかと地の底まで落ち込んだ。
条件はこうである。
もしも、カカシの帰還がナルトの出発に間に合って、ナルトがたった一度でガマブン太の口寄せに成功したなら。
カカシとのこれまでを打ち明け、本当に土下座して頼み込んだ。その時もガマブン太は嫌そうにしていたが、最後の最後に首を縦に振ってくれたのだった。
オヤブンやっぱり気が変わっちゃった?、冷や汗を流しながら見上げたこちらに、ガマブン太は冷たくそっぽを向く。しかし。
「……しょうがないのォ、約束じゃけんのォ」
「やった! ありがと、オヤブン!」
苦りきったガマブン太の声を、ナルトは飛び跳ねて喜んだ。後ろでは、そうするナルトと巨大な大蝦蟇を、びっくり顔で見比べるカカシがいる。
「ええと……ナルト?」
「カカシ先生、早く早くっ!」
カカシを呼びながら、まず自分が先に大蝦蟇の頭に乗り上げた。カカシはやっとナルトが一緒に蝦蟇の頭に乗ろうと誘っていることに気が付いたらしい、まじまじとガマブン太を見上げる。
ナルトは知らないが、カカシとガマブン太は面識がある。
カカシはこの大蝦蟇の気位の高さを覚えていた。口寄せ契約もなしに頭に乗るなどということをしたら、真剣に食われかねない。
「フン……こいつも懐かしい顔じゃのォ」
「オヤブン、カカシ先生のこと知ってたの?」
「まぁのォ……いいから、さっさと乗せろ。わしゃあこのあと用もある、すぐに帰らにゃならん」
「うん! ──オヤブンこのあと用があるんだって! カカシ先生、早く乗って!」
ナルトが上空から急かしてもカカシはしばらく困惑顔で立ち尽くしていた。だが、ガマブン太が視線を向け顎をしゃくって促すと、もう苦笑うしかないらしく「失礼します」と背から乗り上げる。
やっと傍に立ってくれたカカシに、ナルトは満面の笑みを向けた。そうして眼下の景色を指差す。
「先生、見て!」
大蝦蟇の背からは里が一望できるのだ。
ナルトは、カカシにどうしてもこれを見せたかった。蝦蟇最強とうたわれるガマブン太の頭の上でなければ意味がなかった。本当は普通の術者がするように颯爽と戦う場面を見てほしかったけれども、今のナルトではどうしたってガマブン太に頼りきりになる。
だから、これが精一杯。
「カカシ先生、オレ頑張ったんだってばよ」
ナルトは静かに里を見渡すカカシを見上げ、小さく笑いかけた。
「頑張ったんだけど、やっぱりまだ野菜嫌いだし、全然太らないし、強くもなってないし……口寄せの術だって、今日一回でオヤブン呼び出せるなんて奇跡だってばよ。でもこれが今のオレの精一杯なんだ。精一杯頑張ってたったこれだけ」
カカシは少し首をかしげたのち、その手でナルトの頭を撫でてくれた。多分話は通じていないのだろうが、ナルトの一生懸命な様子はわかってくれるのだ。
「……覚えててね、カカシ先生」
「……ナルト?」
「覚えてて。それで、次に会った時はオレ、もっと凄いことできるようになってるから。頑張ってくるから。だからその時はまた一緒にいて。……一緒にいてください」
カカシが目を瞠るのがわかった。
ナルトは彼の手を両手で掴まえ、ぎゅうっと己の胸元に押し当てる。
「ちゃんと太って帰って来るから」
話を聞いていたカカシがなぜだかまた首をかしげた。ナルトは不安になった。彼は一緒にいると約束してくれると思ったのに、何か間違えてしまったのだろうか。
うっかり涙目になりかける。気配を察したカカシが慌てて口を開いた。
「ええと……ナルトが頑張るんだったらオレも頑張んなきゃね。次はもうちょっと先生らしいこともしてやれるように勉強しとく」
「カカシ先生は先生だってばよ?」
「ん。でも、もっと。お前と一緒にいれるように」
良かった。ナルトは心からほっとした。
カカシもほっとしたように目元を緩ませる。
「……ただね、ナルト。次に会った時にお前がもしも今のままでも、オレは一緒にいたいなぁ」
ナルトは束の間きょとんとカカシを見上げ、それから頬を赤くした。カカシの一言は凄い。いつも簡単にナルトを幸せにする。
「元気でね。笑って帰っておいで」
「うん! 先生も!」
二人の暢気なやりとりに、簡易展望台にされた下のガマブン太は、仏頂面で煙管をふかすばかりだった。
ナルトは知らなかった。
その時カカシが心の内で、どうして太ることに拘るんだろう、としきりに頭を捻っていたことを。
ちょっとした騒動の種は、二人が再び出会うその日まで持ち越されることになる。