>> 完 全 降 伏 す る の も 悔 し い じ ゃ な い か
エルリック兄弟がイーストシティを旅立ち、数日が過ぎたある日のことだ。
ロイは再び例の地下施設へと足を向けていた。
エドには知らせなかったが、軍部はかの人体実験場を保存する決定を下していた。爆発でいくら使えぬ機材が増えようと、いくら通路が塞がれようと、必要になった時に再び改築すれば良いと、そういう判断だった。
結果として、ロイは引き続き地下施設を管理することになったらしい。特に処罰がなかっただけでも喜ぶべきなのかもしれない──処罰を受けた方が寝覚めは良かったかもしれないが。
上からは、とにかく二度とこんな事態に陥らぬよう、侵入者を防ぐことを厳命された。
報告書に、付近の住民から依頼を受けたエドが調査に乗り出した、と書いたからだろう。ちょっと現場を見てみれば、辺りに居住空間がないことは知れそうなものだが──だから要するにそれくらいの扱いしかされていない場所なのだ。にもかかわらず保存しようとするのだからわからない。
私が自由にできる立場になったら即刻潰してやろう。ロイは密かに野望を重ねる。
例の四角形の建物は、相変わらずの無愛想さでそこにあった。
エドの練成は完璧だった。少し真新しくなりはしたが、あるべきものがあるべき場所に位置されている。地下へと降りる階段も以前の通りだ。ロイはますます憂鬱になりながら薄暗い中を下へと進んだ。
異変に気付いたのは間もなくのことだった。
階段が嫌に下りやすくなっているのだ。前回調査しに来た時には、爆発の余波も生々しく、あちこち段差がなくなっていたり、あってもひしゃげて滑りやすくなっていたりと散々だったことを覚えている。
嫌な予感がした。こんなことをわざわざしていく相手を、ロイはたった一人しか思いつかない。
まさか施設まで元通りにしていったのか──
エドにそんなものを練成させるくらいなら自分でやっていた。恐怖したロイは階段を駆け下りる。
ところが、下りた先にあったものは違った。
「──…………」
突然立ちふさがった巨大な壁に、ロイは茫然と口を開いた。
一歩、二歩。下がって更に壁を見上げる。壁だと思ったものは、良く見れば扉だ。鍵のない扉。
これは開くのか?
まず浮かんだ疑問がそれだ。手で触ってみると、硬い石の感触がある。
開くのに何人の人手を要するのかロイには想像がつかなかった。ただし、錬金術でなら何とかなるかもしれないと思いつく。
しばらく逡巡したが、とりあえず先を確かめなければならない気がした。ロイは携帯している手帳を開くと、新しい扉を作るための錬成陣を描き、天井までぴっちりと隙間を埋めた石の扉に貼り付ける。再構築を呼びかけ、扉の中に更に小振りの扉を完成させた。
作ったのは、やっとロイ一人が通り抜けできるほどのものだ。しかしそれでも開くには苦労させられる。押しても大して動かないので、結局もう一枚錬成陣を書き足し石の材質自体を変えてみた。
何とか進みはしたものの、扉をくぐった先にあるのはまた同じ扉──
いや、文字が刻まれている。
「……あと九九枚……?」
ロイは声もなく眺め、しばらくすると堪えきれずに笑い出した。
「さすがだ、鋼の!」
厳重にもほどがある。
こんな扉を全部で百枚、よっぽどのことがない限り誰も開ける気にならないだろう。
エドはどこからかこの施設の扱いを聞き出したのかもしれない。司令部に帰ったらホークアイに尋ねてみることにしよう。さし当たって上層部には言い訳が必要かもしれないが、そんなことは瑣末事に違いない。
会いたいなぁと、ロイは思う。
どこにいるのか調べ出して電話するのがいい。下手に言い訳を考えるよりも「寂しい」と一言。案外ロイのぼやきを放っておけないエドだから、すぐには無理でも近くに戻ってくるだろう。
そうしたら、抱きしめてキスをして、ありがとうと伝えよう。反対に、もっと私のことを考えてくれと泣きつこう。きっとエドはロイのために悩んでくれる。
そういうこと指して、本当は「やさしい」と呼ぶのだと、彼は知らぬままロイを甘やかす。
ずるい大人は、こうして子供を縛り付ける。