はじまりと終わりのうた

 誰がどうやってのたれ死のうがどうでも良かったさ
 
 先を知ってりゃ止められた戦争だったかもしれないと
 
 言いたいやつには言わせておけ
 
 何と秤にかけようが、結局お前より重いものなど見つからなかった

 陸地が半分なくなろうが、海が核で変質することを知っていようが
 
 
 
 
 なぁ、俺は
 
 
 
 爆弾が空を焼いた日、笑っていたかもしれない
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
「だから結局そこんとこどーだったわけよ?」
 悟浄が『鹿』の絵札を奪いながら、のんびりと続けた。八戒は黙々と二枚目の『青短』を取るかたわら、それでも今の話題に、楽しげに目を細めているのが窺える。
 『松』の短札を取りたくとも札の揃わない三蔵は、腹いせに、悟浄が狙っていたらしい『藤シマ』の一組を奪った。
「うあっ、お前それ取んなよ!」
 途端に、最も負けの混んでいる男から悲鳴が上がる。
 場所は、三蔵が全財産をはたいて手に入れた、地下の核シェルター内の一角だった。
 自家発電装置はまだ充分に生きていて、シェルター内は常に快適な気温に保たれていた。植物の種やら、ミネラルウォーターやら、保存食やら、寝袋やら。とにかくサバイバルに必要な物資が、箱単位で保管されている大事な場所ではあったが、最近は、専ら仲間内専用の遊び部屋になりつつある。
 爆弾が遠い異国に投下されて十数ヶ月。
 とにかく、外の大気がまだ不安定なのだ。出歩くには、それ相応の装備も必要で、以前と全く別物になってしまった地理を把握するために、長く探検することもままならなかった。
 おかげで、一日の大半を、野郎三人で額を突き合わせ過ごすことになる。
 三蔵もそうだが、悟浄も八戒も、実はこのシャルター内で暮らしているわけではない。
 確かに生き残ることを望んでこのシェルターを手に入れた。しかし、それ以上のことは何ひとつ望んではいなかった。
 今や、このシェルターに残された前文明の利器は、諸刃の刃である。地球上のどこにも、ここほど便利の利く場所はなかっただろうし、贅沢な暮らしを営める場所もないのだ。しかし、だからこそ三人ともが、余計にここから遠のいた。
 苦労を受け入れられない者から死んでいく。かつて文明で栄えたこの星は、もはやそういった原始の星へと生まれ変わっていた。
 ただ、それでも、生き残った何人かの人間たちが、少しずつ、このシェルターを持つ三蔵たちの元に集まり始めている。
 前もって戦禍を予期していた三蔵と八戒と悟浄には、生き抜くための知識を頭に入れておく期間があった。
 それは、やってみれば、極々簡単なロープの結び方だったり、怪我の処置の仕方だったり、火の起こし方だったりした。だが、知識のない者にとっては、三蔵たちは指導者に等しかった。
 そうして、望む望まぬに関わらず、いつの間にやら三蔵だけが上へと祭り上げられている。
「まぁいいんじゃねーの、お前はさ。どうせ特別待遇の一人を除きゃ、平等に容赦しねーで、平等に突き放してんだから。不思議なもんでさ、そういうヤツの方が集団ってのはついて行きやすいんだよ」
 悟浄は言う。
「僕もいいと思いますよ? 何と言っても、ここにあるものを揃えたのはあなたですからね。あなたに自由にする権利があります」
 八戒もまるで人事のように言った。皇族の威厳はどこへやったと言ったなら、こんな世の中で皇族もクソもありませんと、鉄壁笑顔で切り返してきた。
 三蔵は今、少しずつだが、植物の種を人づてに各地へ流し始めている。地上では、土も水も、まだ汚染が色濃く残っており、人がどうにかできる状態ではない。しかし準備は必要だった。
 陸も海も空も大気も。どんなに汚されようと、いずれ逞しく生き返る。
 だが待つだけでは手に入らないものもあるのだ。
 
「だからそれで? どうだったんだよ、本当のところ」
「黙れ。大体どうしてお前らまでここに来る」
「外にいるとすぐ人に捕まるんですよ。どうせあなただって同じ理由でここにいるんでしょう?」
「息抜きしにきただけだ」
「俺も息抜き。――うわ、八戒、それ取るな!」
「すみません、勝負の世界は厳しいってことで」
 八戒の手札には、きっちり『表菅原』が揃えられている。
 シェルターの中には、こういった娯楽関連の、三蔵の入れた覚えのない物資も保管されていた。
 昨日はカード、その前はUNO、実は黒ヒゲゲームなんてものまである。いずれ、もう一人人数が揃えば、麻雀の出番もあるのだろう。
 とにもかくにも、今日は花札だった。
「よぉし! よしよし、俺が勝ったらお前、真相教えろよ」
 ついに『菊に盃』を取った悟浄は、満面の笑みで言う。
「何でお前に教える必要があるんだ」
「でも、僕も興味あるんですけど」
「死ね。お前ら二人とも」
 三蔵はとうとう『松』の短札を手に入れた。
 これで『赤短』が揃う。役の点数上では一番勝ちだ。
「クソ、八戒何とかしろ!」
「そうですねぇ……せめて桐シマが揃えば――あ」
 こんな時ばかり勝負強い男の手には、しっかりと『桐に鳳凰』が握られていた。
 えらいぞ、八戒!
 途端に向かいでえらく下世話な歓声が上がる。三蔵は勝負途中で札を投げた。
「それで? 実際どこまでだったんだ?」
「聞いてどうする気だ」
「いや、後学のためにも必要かな〜、なんて」
「何の後学だ」
「いいじゃないですか。ほら、世の中女性も少なくなったことですし、本当にいつか必要かもしれませんよ?」
「……八戒。お前の言い方はリアルすぎ」
「え、そうですか? 充分ソフトに言ったつもりなんですけどねぇ?」
「で?」
「……あ?」
「あ、じゃなく! やっぱやっちゃったの、お前ら」
 冷やかし半分の話題に、苦い溜め息が漏れる。
 悟空に会ったあとの自分は、確かに変わってしまったと思う。以前は、今目の前にいる彼らとですら、こんなふうに冗談じみた会話を交わしたりはしなかった。
 多分、突き抜けてしまったのだ。
 良い意味でも、悪い意味でも。
 壊滅の日、わかっていて誰一人救おうとしなかった三蔵を、八戒も悟浄も咎めなかった。
 結局、直前に悟浄がどこかのカルト集団に情報を流したらしいことは聞いたが、やはり多くは生き残らなかったはずだ。
 そうして知人の一人も助けることなく、三蔵は生き残った――悟空ともう一度出会うために。
 誰が死のうと、地球が壊れようと、これが三蔵の望んだ未来だった。確かに、多くのものを犠牲にしたし、命を失った者たちには呪われてもおかしくはない。もしも断罪する者がいるのなら、受け入れてもいいと思う。
 己の行動に後悔はないのだ。
 悟空にもう一度会ったあとなら、三蔵は、この身を百度切り刻まれようと、笑っていられる自信がある。
 ただし、きっとまだ、それでも死ねない。
 
 奪い損ねたものがある。
 
「……やってねぇよ」
 三蔵はあっさり告白した。
「途中までやって、それでやめた」
 悟浄がひどく興味をそそられたように身を乗り出す。
「なんでしなかった……とか聞いたら殴るか?」
「別に。できなかっただけだ」
 え?
 悟浄と八戒の声が二重になった。三蔵は平然と続けた。
「やったら壊しそうだった。だからしなかった。それだけだ」
 あれほど舌の滑りの良い悟浄が、ぐ、と詰まった。
 八戒もあさっての方向を向いている。
「後学になったか?」
 三蔵の問いに彼らからの答えはなかった。
 もうすぐ時は巡る。
 悟空と初めて出会った季節がやってくる。
 三蔵はいずれ彼を探し出すだろう。
 そうして今度こそつなぎ止める。