スラッシャー9

02 本多 周芳 (ほんだ ちかよし)

 華道部に籍を置く男は四人いる。
 そのうち、忠達、万丈、鉄巳の三人は誰が見ても正当な部員だったが、あと一人の本多周芳は微妙な存在だった。
 というのは、周芳、通称チカちゃん先輩は、元々部の存続に苦しんでいた忠達が頼み込んで名を借りたという経緯があり ── 同じ事情で籍だけ華道部の三年生はもう一人いる ── 部活動の参加に関しては本人の自由意志に任されていた。
 しかも、周芳は草野球同好会員である。落語研究会(同好会)にも所属している。算数クラブ(同好会)も掛け持ちしていた。
 恐らく文化祭と言ったらイベント目白押しだろう。
「チカちゃん先輩、協力してくれっかなぁ……」
 放課後、再び校庭である。
 地面に足で線を引くようにずるずる歩く万丈の隣では、鉄巳も面倒くさそうに砂を蹴り上げたりしている。
 二人が目指しているのは、草野球同好会のたまり場、鉄棒前だった。
 周芳は、放課後、大抵そこに座り込んで漫画を読んでいた。
 今日もいるらしい。遠目からではあるが、既に特徴的な坊主頭が見えている。
 坊主頭、である。スキンヘッドなんて洒落た呼び方はしない、いわゆる五分刈り状態の頭だ。
 今時、普通の野球部だって髪型の強制はないものだが、草野球同好会員はなぜか全員坊主頭である。学校では、好きで坊主頭になる不思議な集団として、変わり者呼ばわりされている。
 行けば会えるとわかっている相手。それでも万丈の歩みは遅い。周芳は穏やかな人物だが、華道部に対する思い入れはゼロなのだった。
 ポケットから計画書を取り出す。
 赤、ピンク、黄色、緑、青、白、黒、銀、金。
 九つの色と、その横にタイピングされた華道部全員の名。
 ちなみに万丈の名は、赤の項目にある。
「……なぁ、そいつ。ハナブサの計画か」
 不意に鉄巳が尋ねてきた。
 万丈はプリントをひらめかせる。
「正解。いつか話したろ、メールの話」
「どのメールだよ?」
「色がいっぱいあって特撮の戦隊ものみたいだねーって書いたら、バカって返事きたメールの話」
「思い出した。ハナブサの最後のメールだ」
「うん。ひっどいよなぁ、最後のメールがバカって一言だけ」
「……まぁな」
「あれで最後だと思わなかったから、返事書かなかったんだけどさ」
 書いてりゃ未来変わってたかな。
 万丈の呟きに、鉄巳は舌打ちしてそっぽを向いた。
「俺だってそんなのに返事書こうと思わねぇよ、くだらないこと言うな」
「あー……確かにくだらないか」
 万丈はそそくさと計画書に視線を戻す。
「お前にもこれの中身話してなかったっけ ── 何かさ、せっかく華道部なんだからたまには花触ろうぜって計画らしいぜ。一人ずつカラーテーマ決めて花生けるんだって」
「ふぅん……?」
 鉄巳も計画書を覗き込む。
「俺は、黒? 黒い花ってあんのか?」
「俺に訊くな」
 二人で喋っているうちに鉄棒の近くまで来てしまった。
 気付くと、周芳の方から「よ」なんて手が上がっている。
「チワっす、先輩」
「おう、お疲れ。二人とも会うの久しぶりだねぇ、とうとう忠達にケツ叩かれたって?」
「うわ、先輩のとこまで話行ってんの?」
「行ってんですよ、忠達は華道部大好きだからねぇ、いつだって部の話してるし。……まぁ、でも今回のはね、仕方ないとね、あいつも言ってたさ」
 周芳は手にしていた雑誌をたたむと、万丈と鉄巳に倣って立ち上がる。それから坊主頭を撫でて、少しだけ言いにくそうに声を落とした。
「……ハナちゃん、かわいそうだったね」
 ハナブサの話題になるとどうしても上手く言葉が出ない。ただ苦笑う万丈にかわり、鉄巳が周芳へ計画書を差し出す。
「本多先輩、文化祭まで忙しいっスか?」
「── うん? 何だいコレ? 部員名簿?」
 鉄巳はさっき聞いたばかりの説明をそのまま周芳に聞かせている。
「そっか、ハナちゃんの計画かぁ……」
 しみじみとうなずいた周芳はふと笑った。
「でもこれって何とか戦隊みたいだねぇ」
 やっぱり誰でもそう思うんじゃないか。万丈はいくらか気持ちが楽になり、改めて会話に混ざる。
「俺もそう言ったんですよ、そしたらバカって言われちゃいましたー」
「あれ? でも思うよねぇ?」
「思います思います」
「正義の味方、かっこいいのにねぇ?」
「ですよね! 俺も思いますって」
 良い感じに話が弾んでいる気がする。誘うなら今である。
「というわけで、どうっスか、先輩。あちこち掛け持ってて大変だとは思うんですけど、こっちの企画にも付き合ってもらえませんか?」
「んー……」
 坊主頭を撫でる相手を拝むように見つめた。
 周芳はしばらく口を閉じていたが、何かを考え付いた様子で含み笑いを見せる。
「……条件、つけてもいいかい?」
「条件?」
「うん。そんなに大層なことでもない。俺は、万丈くんも知ってると思うけど、華道部自体にあんまり興味がないのね。花だって見て綺麗だなぁとは思っても、自分で何かしようとは思わない、っていうか、多分そんなことしても楽しめない。だけどハナちゃんのためには協力したい ── そこで折衷案を提起します」
「セッチュウアン?」
「俺はおもしろいことが大好きです、だからハナちゃんの計画をちょっとひねろうと思います」
「はぁ……」
 反応の鈍い万丈をよそに、周芳は屈託なく笑って言った。
「せっかくハナちゃんのために立ち上がるんならね、いっそハナちゃんのためだってバーンと前面に出しちゃいませんか。それこそ、ハナちゃんのために何とか戦隊作っちゃいましたー、みたいな」
「へっ?」
「そうだなぁ……スラッシャー9とかどう? ハナちゃんのために花を切っちゃう8人の男女プラス司令官1人。ほら、スラッシュって切るって意味だし。さっき聞いた話だと展示物は生け花なんだよね、それをハナちゃんに捧げる花束に変えてさぁ ── あとは当日俺たちがゴレンジャーみたいな仮装してもいいし、俺たちの替わりに人形作って展示と一緒に立ててもいいかな。本当は全員で仮装して寸劇みたいのやれたら最高なんだけど、それだとさすがに女子にヒンシュク買いそうだしねぇ」
 万丈の感動はじわじわやって来た。
 たった二つしか違わないはずの相手を今ほど尊敬したことはない。
「すっげ……おもしろそう! チカちゃん先輩、天才!」
「気に入った?」
「もう絶対それで行きましょ! ただ生け花やるよりそっちのがいい! 俺、部長にも掛け合いますから!」
「うんうん。よろしく頼むよ、忠達のOKが出たら俺も華道部の展示に協力する」
 おっしゃあ!
 握り拳で息巻く万丈に、鉄巳が冷めた溜め息をついた。
「変な企画……」
 ノリの悪いぼやきには膝蹴りをお見舞いしてやるのだ。
「どこが変なんだよ、かっこいいだろ! お前なんかスラッシャーブラックだぜ!」
「あー……ブラックって何かちょっとアウトローな印象あるよねぇ、鉄巳くんには合ってるかも」
 提案者は至って呑気である。
 そんな周芳は、ハナブサの計画書で言うとスラッシャーピンクになるわけだ。
坊主頭のピンク。なかなか絵がキツイ。
「いいよねぇ、ピンク。陰の主役だよねぇ」
 かなり嬉しそうな周芳の表情を見ると、さすがの万丈もキツイとは言い出せなかった。鉄巳もそっと目を逸らしている。
 周芳はマイペースなまま続ける。名簿をなぞりながら、それぞれをスラッシャー9に当てはめていく。
「忠達がイエロー、はっしーがブルー、すみれさんがでグリーンで、志摩ちゃんがホワイト、岸本先生がシルバー ── で、万丈くんがレッドかぁ。何か、これ見てるとハナちゃんが皆に持ってた印象がわかるよねぇ」
 周芳に含みはなかったのだろうが、万丈の胸をちくりと刺すものがあった。
 戦隊ものでいくと赤は希望の色だ。勇気の色だ。それから不屈の闘志の色。
 万丈は確かに人の真ん中で騒ぐタイプだが、何かに秀でているわけじゃない。頭は悪いし、勇敢でもなかった。それどころか、ハナブサが病気だとわかって以来は、自分の半分が臆病さと情けなさで構成されていたことを思い知った。
 こんな万丈がレッドなんておこがましいばかりである。
「いや俺レッドはやれませんって。何てったってペーペーの一年っス、本当にその企画で行くんならレッドは部長にお願いしますよ」
 軽い口調で言えていただろうか。
 周芳は何かに気付いた様子で瞳をまたたかせたが、結局指摘しないまま、
「……そう。じゃあ上手く忠達を乗せなきゃね」
 やさしい相槌をくれた。
 ああ、また気を遣わせてしまったのだろうかと ── 笑い顔を作りつつ、万丈は果てなく落ち込んだ。